フレグランスが漂うとき、その場の空気が揺れ動き、別の世界に移り変わっていきます。記憶の片隅に眠っていた感傷や旅の情景が思い起こされ、それはあたかも音楽を聴いたとき目の前に広がる風景のよう。香水ブランドがボトル、パッケージ、店舗、ネーミングに至るまで深く追求するのは、オーケストラが演奏会場や演奏家の衣装にも気を配ることに等しいのかもしれません。フレグランスは単なるアクセサリーでなく、アートの領域に近い存在なのです。
アーティスティックな環境に生まれ育ち、アート活動や弦楽制作などを経験してきたアルゼンチン出身のジュリアン・べデルが、香水を生み出す調香師の道に進んだのは自然な成り行きだったのでしょう。植物が持つ力に惹かれた彼は、2010年にユニセックスなフレグランスブランド「フェギア 1833」を設立。南米パタゴニアの大自然、歴史、文化、人物などにインスパイアされたコレクションを発表しました。彼が主に南米各地から集めた植物エキスを分子レベルにまで解析して調香した香水は、詩人ボルヘス、イギリスの探検船ビーグル号、黄金郷「エル・ドラード」、アンデス山脈の風「ソンダ」といった夢のあるストーリーがベースになっています。
このブランドが10月7日(水)、「グランド ハイアット 東京」に日本初の直営店を誕生させました。店舗設計は、「アンダーズ 東京」らのハイアットグループの仕事でも知られる建築家のトニー・チー。長方形スペースの床にはジオメトリックなタイルが敷き詰められています。無機質な直線のオブジェクトと、有機的なガラスボトルと木材ディスプレイとがコントラストを成すコンテンポラリーな空間です。香水には、内側に香りを吹き付けたビーカーが被せられ、訪れた人は手にとって自由に香りを確かめることができます。
来日したジュリアンに話を伺いました。「幼い頃から植物に親しんできました。調香は音楽でいう楽譜を記すようなもの。和音をつないでコード進行を考えるように、ハーモニーを大切にしています」。男性に人気が高い一品「ダーウィン」にはどのようなストーリーがあるのでしょうか。「『種の起源』を著した人物が行った大航海へのオマージュです。ベチバー、シダー、グレープフルーツらを配合したクラシックな品です」。このダーウィンを、音楽に例えるなら?「難しいですね(笑)。ベートーヴェンのピアノ・ソナタのようでもあり、時にはブルースシンガーのロバート・ジョンソンのようでもあり……」。
ラボラトリーがあるイタリア・ミラノとアルゼンチン、ブエノスアイレスとを往復する生活を送る彼。上等なイタリアン・ファッションをさらりと着こなすジュリアンが創造する、知的な香水ワールドに魅了される男性がこれから増えていくことでしょう。(写真・文:高橋一史)
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