作家の魂を守りながら、愛をもって書き続ける。

  • 文:今泉愛子
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作家の魂を守りながら、愛をもって書き続ける。

文:今泉愛子
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松田青子

作家/翻訳家

●1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞および野間文芸新人賞候補になる。翻訳書にカルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』(共訳)、エッセイ集に『ロマンティックあげない』など。

作家、翻訳家として活躍する松田青子が、初の長編小説『持続可能な魂の利用』を上梓した。環境問題を考える時に使われることが多い「持続可能」という言葉を用いたタイトルには、どんな意図があるのだろうか。

「人の魂も、資源と同じで減ることもあると思ったんです。特に女性は、社会的な位置付けからしても不利な部分があります。理不尽なことがあっても持続可能な自分を維持するためにはどうすればいいのか、と考えました」

松田はこの作品で、日本の女性が「おじさん」に蹂躙されている状況を描いた。数年かけて執筆する間に、日本社会の変化を肌で感じたという。

「あまりにも不条理に思えるニュースを目にする機会が増え、私たちにとっての普通が変わり始めたと感じたんです。いまの日本を書かなくてはいけないという意識がずっとありました」

松田の作品には社会への鋭い洞察があるが、突き放したような書き方はされていない。たとえば今回の小説に登場する女性アイドルは、実際に松田自身が元々ファンだった存在だ。

「状況を批判するだけで愛がないものにはしないよう気を付けました。自分が外部者として書くのは、私のやり方ではないと思ったんです」

小説では自身の問題意識を正面から見据え、表現に挑む一方で、翻訳やエッセイの執筆も並行して手がける。

「小説は私にとって、いちばんチャレンジング。自分との戦いです。翻訳は、ただただ幸せ。原文で示された表現に当てはまる言葉を見つけることが、パズルを解くみたいに楽しくて気持ちがいい。やっていないと恋しくなります。翻訳は中毒性があるんです(笑)」

エッセイでは、夫婦別姓や無痛分娩など、自身が日常でもった問題意識を軽快に書き綴る。松田らしい観察眼が発揮され、文章は実に小気味いい。

「自分が見聞きしたことを言語化したい気持ちが常にあって、小説にも書くのですが、すべて書ききれない。それでも残った部分をエッセイに入れると、やっと書けたと気分が落ち着きます」

SNSも積極的に使う。政治的な立場を明らかにすることも厭わない。

「SNSで知らない女性たちが自分と同じようなことを考えていると知って、勇気づけられることも多いんです。せっかくこの時代に生きているのだから、SNSを否定するのではなく、そこからなにが生まれてくるかを大事にしています」

作家は作品以外で言葉を公に出さなくていいという意見もあるが、松田はどう考えているのだろう。

「SNSは、作品で使うのとは別の言葉で発信するものだと思うので、作品に影響することはありません。それに、もう作品を書いているだけでいいという時代ではなくなってきたとも感じています。自分の世界を守って生活することと、社会に開かれていることは両立できるのではないでしょうか」

中学生の頃から将来の夢は、小説家か翻訳家だったという。それが実現した現在は、デジタルメモに向かって文字を打ち続ける日々だ。

「大きな目標としているのは、90代まで現役で作家、翻訳家として活躍した石井桃子さんです。好きな仕事を息長く続けていくために、仕事への愛情を絶やさないようにしたい。同じ職業を続けていると、少しずつ嫌な部分も見えてきます。けれどそれに疲弊することなく、自分と物語をつなげていきたい。周りの声に影響されずに、自分自身を保つことが大切だと思っています」

この先も松田は作家としての持続可能な魂を守り、書き続ける。


Pen 2020年7月1日号 No.498(6月15日発売)より転載


『持続可能な魂の利用』

ある日「おじさん」から少女が見えなくなり、彼らは大いに戸惑った。アイドル××の熱烈なファンの敬子と周囲の人々は、女性が生きにくい社会を変えようと挑む。著者初の長編小説。

松田青子 著
中央公論新社 ¥1,650