牛肉麺から北京ダックまで、食を通して知る古きよき中国。

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    『中国くいしんぼう辞典』

    崔 岱遠著 川 浩二訳 

    牛肉麺から北京ダックまで、食を通して知る古きよき中国。

    高口康太ジャーナリスト/翻訳家

    中国では古来、「民は食をもって天となす」と言われてきた。それほど食が重んじられるという意味だ。いまも食を愛する精神は変わらず、「網紅菜」(バズる料理という意味)など新しいトレンドは次々と生まれているが、本書は流行とは一線を画す。そもそも書名とは裏腹にグルメ本でもなければ辞典でもない。食を窓口として、古きよき中国の生活を描くエッセイ集だ。
    山東の鮁魚餃子(サワラの餃子)、天津の嘎巴菜(あんかけの細切り緑豆クレープ)、北京の冰棍児(アイスキャンディー)など、郷土料理や懐かしい菓子から肉まんや羊のしゃぶしゃぶ、北京ダックなどの有名料理まで、約80種の料理が家、街角、レストランと食べる場所で大別されて紹介されている。昔から親しまれている料理ばかりだが、中国でもあまり知られていないような珍しいものまで登場する。
    各項では、その料理が食べられてきた季節、場所、背景、そして人々の姿を丹念に描いている。
    「街角にある大小の牛肉麺屋はもう満席で、老若男女がおのおの牛大椀を抱えて、その滋味を楽しんでいる」
    「その食感は天から降る黄河の水から来たものだ。蘭州人はその水で牛を育て、スープを煮込み、麺を打ち、ゆでる。この水こそが牛肉麺にスープの透明度と麺のコシ、香り高さを生んでいるのだ」
    ともに「牛大椀」(蘭州ラーメン)の一節だが、洗練された訳もあいまって情景が目に浮かぶようだ。写真ではなくイラストが添えられているのも、どんな料理か思い描くしかなく、想像力をかき立てられる。文章に引き込まれてあっという間に読み進めたが、何度もつばを飲み込む自分がいた。
    古きよき中国を知るとともに、過去の文化を懐かしむようになったいまの中国を伝える本でもある。折に触れて眺めたくなる一冊だ。

    『中国くいしんぼう辞典』 崔 岱遠著 川 浩二訳 みすず書房 ¥3,300(税込)