仏ベストセラー作家がえぐり出す、蒸発男の曖昧な不幸。

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    『セロトニン』

    ミシェル・ウエルベック 著 関口涼子 訳 

    仏ベストセラー作家がえぐり出す、蒸発男の曖昧な不幸。

    今泉愛子 ライター

    農業食糧省の職員で高給が保証され、親から引き継いだ資産もあり、パリの一等地にあるタワーマンションで日本人女性ユズと暮らす46歳の主人公フロラン=クロード・ラブルスト。彼は随分前から、自分が幸せだと感じられなくなり、抗うつ剤を服用していた。その薬は精神に安定をもたらすセロトニンの働きをよくする一方、性欲を減退させる。

    著者はフランスのベストセラー作家で、2022年にイスラム政権が誕生する設定の前作『服従』は大きな物議を醸した。本作でも、フランス社会の行き詰まりが存分に描かれる。

    フランスには、ある日突然家族や友人、仕事との関わりを断つ「蒸発者」が毎年1万2千人もいるという。主人公のフロランは、蒸発者を描いたテレビ番組を見て自分もそうなることを決め、ユズに黙って家を出た。
    この物語では、フロランが自身のセックスを中心とした恋愛体験を延々と語り続ける。女優のクレール、知的なデンマーク人のケイト、いまでも懐かしく思うカミーユ……。どの恋愛もあまりいい終わり方をしなかったのは、彼の女癖の悪さが原因だ。
    ユズと別れたかった彼にとって、あらゆる縁を断ち切る「蒸発」はいいアイデアに思えたが、過去にとらわれてばかりで幸せとはほど遠い。フロラン含め、旧友エムリックや精神科医アゾトら、登場する男たちは金も地位もありながら、どこか壊れている。グローバル化が進み価値観が多様化する中、その波に乗り遅れていることにも気付けず、自信を喪失しているようだ。

    女たちにとって、古い価値観にしがみつく彼らはただの金づるだ。彼女たちはしなやかに反旗を翻し、性的にどんどん奔放になっていく。

    現代人の悩みは、なにが問題なのかがはっきりしない。本作はその曖昧な不幸を見事にえぐり出す。


    『セロトニン』
    ミシェル・ウエルベック 著 関口涼子 訳 
    河出書房新社 ¥2,640(税込)

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