平凡な日常の織りなす光景を、スペクタクルに描いたヒット作。

    Share:

    『フィフティ・ピープル』

    チョン・セラン 著 斎藤真理子 訳

    平凡な日常の織りなす光景を、スペクタクルに描いたヒット作。

    今泉愛子 ライター

    50人いれば、50通りの人生があり、100人いれば、100通りの人生がある。本書は、そんな当たり前のことをしみじみと味わえる連作短編集。51人(50人の予定がひとり増えたらしい)を主人公にした50の短編に描かれた人生は、それぞれが少しずつ絡み合う。  
    女子高校生のナウンは、アルバイト先で残った食べものをさりげなく分けてくれるクラスメートのスンヒのことが好きだった。仲良しのグループではなかったけれど、彼女の優しさに救われていたからだ。しかしスンヒは突然、学校に来なくなる。  
    詩人のユンナは週末の朝、ベーグル屋さんに行くのが好きだった。そのベーグル屋さんでアルバイトをしていたのがスンヒだ。ユンナは、親切だけど笑顔を見せないスンヒの態度を好ましく思っていた。  
    ヤンソンは、娘のスンヒとふたりで暮らしていた。スンヒは突然自宅を訪れたかつての恋人に、台所にあった包丁で刺されて亡くなってしまう。  
    スンヒはそれぞれの短編の主人公ではないが、読み進むうち彼女の短い人生は、他の誰かの人生とさりげなく関わっていたことがわかる。  
    誰もが人生のどこかでつまずき、戸惑い、傷つきながら、支え合っている。目に見える助け合いもあれば、目に見えない思いやりもあって、すべて仕組まれたものではなく偶然だ。人生のささやかさをこれほど豊かに描いた小説に出合えるのは、なんという僥倖(ぎょうこう)か。  
    本書に韓国で生きる人たちの息づかいを感じるのは、実際の事件や事象が慎重に盛り込まれているから。巻末の訳者による解説が、作品世界を理解するためのいいサポートをしてくれる。  
    最後の短編で舞台となっているのは映画館。火災が起きた時に、居合わせた人物たち(これまでの登場人物だ)はどうしたか? ヒーロー不在の大団円に拍手喝采だ。

    『フィフティ・ピープル』
    チョン・セラン 著 斎藤真理子 訳 
    亜紀書房 
    ¥2,376(税込)