Vol.31 道端のタバコを芸術として見せた、アーヴィング・ペンの写真集。

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    写真・文:中島佑介(POST)

    Vol.31 道端のタバコを芸術として見せた、アーヴィング・ペンの写真集。

    "Cigarettes" / Irving Penn / Hamiltons Gallery
    『シガレッツ』 / アーヴィング・ペン写真 / ハミルトンズ・ギャラリー刊

     広告と芸術の2分野に親和性がありながら、その間には深い隔たりのある写真の世界。この境界線を越えて活躍した写真家のひとりに、アーヴィング・ペン(1917~2009年)がいます。彼は1934年から美術学校に通い始め、ちょうど同年から『ハーパース・バザー』のアート・ディレクターに着任したアレクセイ・ブロドヴィッチに師事しました。ブロドヴィッチといえば、リチャード・アヴェドンなど数多くの写真家たちを見出した重要人物です。そのブロドヴィッチに学んだことは、彼にとって大きな糧となったのではないでしょうか。卒業後はイラストレーションを手がけたこともありましたが、すぐに写真の才能を開花させ、ファッション誌『ヴォーグ』をはじめさまざまな媒体で活躍、ファッション写真の第一人者として優れた仕事を残しました。そのペンがファッション写真と同様に卓越したセンスを発揮したのが静物写真です。
     ペンの静物写真は花を撮影した『Flowers』がよく知られていますが、芸術写真の文脈で高く評価されているのが『Cigarettes』です。この作品は、道端に落ちていたタバコの吸殻を8×10の大判カメラで接写し、プラチナプリントで印画紙に焼き付けています。ペンは被写体としてあえて価値のないものを選び、芸術へと昇華させました。写真は単なるイメージの複製ではなく、写真そのものに価値が附帯していることを端的に体現した作品です。
     この写真集は、ペンの作品を扱うイギリスのハミルトンズ・ギャラリーから出版されました。マットな紙と諧調の豊かな印刷がプラチナプリントの質感を連想させ、大判の余白を設けたレイアウトが写真に向き合って鑑賞することを促します。作品をどう見せるべきなのか、日常的に作品鑑賞の場をつくり続けているギャラリーだからこそ、生み出せた写真集なのではないでしょうか。

    図版はあくまで作品の複製と思ってしまいますが、高い品質と考え抜かれたブックデザインによって生み出されたこの写真集は、読者に鑑賞の場を提供しています。

    プラチナプリントとは、1870年代に開発された印画技法。一般的に用いられる銀の代わりに科学的に安定性の高いプラチナを用いることで、変色・退色が起こりにくく耐久性が高いプリントが得られます。深みのある黒や階調の豊かさなど、優れた表現性がプラチナプリントの特徴です。

    被写体が実寸よりもかなり大きくプリントされていることも、作品のポイント。約35×30cmという判型が活かされています。

    "Cigarettes" / Irving Penn / Hamiltons Gallery
    『シガレッツ』 / アーヴィング・ペン写真 / ハミルトンズ・ギャラリー刊
    タイトル:『シガレッツ』
    写真:アーヴィング・ペン
    出版社:ハミルトンズ・ギャラリー
    ページ数:64ページ
    サイズ:34.6 x 29.5 cm
    ISBN-10:0954725719
    ISBN-13:978-0954725716
    出版年:2012年
    価格:¥24,408