サステイナビリティをより"身近"にするために、ザ・イノウエブラザーズと持続可能なファッションについて考える。

  • 写真:宇田川淳
  • 文:高橋一史 

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「サステイナブル」という言葉をあらゆる場所で聞くようになってしばらく経つが、人によってその意識はバラバラだ。ことファッションにおいては、「いま自分が着ている服に使われている素材はなにか?」さえも意識していない人がまだ大半かもしれない。そうした中で、それぞれ異なる立場からファッション業界で変革を目指しているのが、ザ・イノウエブラザーズと伊藤忠商事だ。

デンマークで生まれ育った井上兄弟は、ザ・イノウエブラザーズが採用する素材の原産国であるボリビアやペルーなどに足を運び、現地の活動をサポートする。2人のアートスタジオの設立は2004年。左が兄の聡さん、右が弟の清史さん。

井上聡さんと井上清史さんは、生産者とダイレクトトレードした天然素材で服づくりをするザ・イノウエブラザーズの活動について、「主原料のアルパカを世界に広めること以上に、エコやサステイナビリティに基づくものをカッコよくしたいという思いが強い」という。一方、伊藤忠商事・繊維カンパニーでサステイナブル原料の開拓、拡販を担当する下田祥朗さんは、推進するリサイクルプロジェクト「レニュー(RENU)」について、「皆さんが店やネットで『これカッコいいな』と感じて購入したファッションアイテムの素材が、たまたまレニューだったという使われ方が理想」と語る。

カッコいいものこそ人の心を動かすという考えにおいて、両者の意見は完全に一致している。今回、こうした観点も含めたファッションにおける持続可能な未来への展望について、農業のごとく草の根活動を続けてきた井上兄弟と、大手総合商社の繊維部門ならではのグローバルなアプローチを行う下田さんに、国境を越えてリモートで意見交換をしてもらった。活動歴が長い3名にとっても、新しい希望が生まれる有意義な出会いになったようだ。

ザ・イノウエブラザーズと伊藤忠商事、それぞれが目指すサステイナビリティについて。

画面上はイギリス・ロンドン在住の清史さん、右下はデンマーク・コペンハーゲン在住の聡さん、左下は大阪在住の伊藤忠商事株式会社 繊維カンパニー繊維原料課 課長の下田祥朗さん。コロナ禍の中で3カ国をシームレスにつないで意見交換会が行われた。

デンマーク生まれの井上兄弟。兄・聡さんはグラフィックデザイナー、弟・清史さんはヘアメイクアーティストという職業を持ちながら、ザ・イノウエブラザーズとして服づくりをはじめたのは2007年のこと。社会貢献を目指すソーシャル・ビジネスの実践を志した矢先に、NGOで活動する友人を通して南米ボリビアのアルパカに触れたことがきっかけだった。アルパカをカッコいい服にすればなにかが変わる、という考え。彼らの思想の根源には“エシカル” があり、各国の生産者とダイレクトトレードして貧困を救いたいという気持ちが先行した。そして、次第に地球環境も含めた持続可能な社会への思いも強くなっていった。

「振り返ると、自分たちがデンマーク育ちだからでしょう。この国はオーガニックやサステイナビリティに関する意識がすごく高いんです」。そう話す聡さんはこれまで、持続生産できて環境に負荷をかけない自然素材だけを使ってきた。

しかし、そこに固執するとアイテムの種類を増やすことができない。そこで彼らは、リサイクルされた合繊素材にも興味をもつようになった。「(資源が限られる石油由来の)ポリエステルはできるだけ使わないようにしてきました。製造にもたくさんのエネルギーが必要ですし。でも近年ヨーロッパでリサイクル合繊素材の話をよく耳にするようになり、新しいムーブメントとして興味をもつようになっています。ポリエステルは生活する身の回りにあふれている素材。現実として2000年前の生活に戻ることもできないから、どのように上手にサステイナブルな未来を実現していけるかを近頃2人でよく話しています」

ともにザ・イノウエブラザーズの美しい製品。ニットもストールもアルパカから採取した毛が使われている。ニットは井上兄弟の努力によって製品化を果たした希少なブラックアルパカで、元の毛の色がそのまま活かされている。

現在はアルパカの糸だけで編めるニットやストールが主軸製品のザ・イノウエブラザーズが、たとえばダウンとフェザーを中綿にした温かい服をつくるなら、それらを包む袋(ダウンパック)や羽毛を飛び出させない生地として、高密度で耐久性のあるポリエステルやナイロンが必要になる。多くの人にカッコいいと思われる高品位な服には、使うべき素材があるのだ。「新しい服づくりのためには合繊が必要で、それがずっと悩みだった」という井上兄弟にとっても、伊藤忠商事が「レニュー」プロジェクトで展開するリサイクルポリエステル素材は気になる存在のようだ。

ポリエステルは世界中の繊維製品の約半分を占めるとされる、もっとも多く出回っている素材である。服のみならず毛布、カーテン、カーペットなど室内もポリエステルであふれている。石油由来の素材自体の是非はともかく、廃棄される際の環境負荷や新製品がつくられるプロセスの見直しは、繊維・ファッション産業全体が取り組むべき急務だ。業界の共通認識であるこの問題に正面から取り組んでいるのが、「レニュー」プロジェクトである。

「繊維・ファッション業界における大量廃棄問題の解決を目指すというコンセプトでスタートしたプロジェクトです。その第一弾としてポリエステル繊維の廃棄物、製造過程で出る生地や古着などをリサイクルして、もう一度ポリエステル素材の製品をつくっています」と下田さんが解説する。

「レニュー」が革新的なのは、ペットボトルを溶かして再利用する、一般的なマテリアルリサイクルと呼ばれる手法とは異なる製造プロセスにある。回収した古着や残布から、まっさらな新品と同様のポリエステル糸を生産できるのだ。

「一般的なリサイクルポリエステル糸は、ペットボトルを溶かして糸に伸ばすマテリアルリサイクル方式。『レニュー』は繊維から繊維のケミカルリサイクル方式で、分子レベルまで戻します。その段階で不純物や染料などを取り除くため、安定した染色性を持ち、汎用性がある高品質なポリエステル糸を再生することができます」

伊藤忠商事が作成した、「レニュー」の「サーキュラー・エコノミー」の解説図。古着や残布を回収して分解し、ポリエステル糸の原料になるチップをつくり、無駄なく再生循環させる理想の社会のカタチだ。

循環型の経済を意味する「サーキュラー・エコノミー」は、経済・環境の両面から実現が望まれる新しい産業システムである。限られた資源を有効活用するためにも、あらゆる産業での導入が望まれる。

経済産業省と環境省による2020年の合同資料『サーキュラー・エコノミー及びプラスチック資源循環分野の取組について』では、トヨタ自動車、パナソニック、花王、サントリー、セブン&アイ・ホールディングスといった各社の取り組みが紹介されている。その一方で資料内では、「サーキュラー・エコノミー/プラスチック資源循環は気候変動に続く重要なESG(※)テーマとなりつつあるが、企業と投資家の間でまだ十分な共通認識が醸成されておらず、これを促す環境整備が課題」との文言も見られる。

「レニュー」プロジェクトは、繊維・ファッション産業でこの循環型経済の実現を目指している。「レニュー」の提携先工場の試算によると、同工場が一年間リサイクルポリエステルを生産した場合に、廃棄物の再利用がTシャツ換算で約1.5億枚、CO2削減量が自動車走行距離にして地球約1,670周分、削減する水の量が500mLペットボトルで約6,500万本分とされている。地球への負荷を最小限に減らし、限りある資源をファッション産業内で循環させるシステムづくりが目下の目標だ。

※ 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を指し、近年は企業への投資判断をする上でも重要な観点となっている。

サステイナブルな考え方を定着させ、ムーブメントにするためには?

「レニュー」の再生ポリエステル糸は、通常のポリエステル糸と同様の扱いができる。伊藤忠商事のグローバルな生産背景を活用することで、意匠性の高い生地開発や加工への対応も可能。既製品に完全に置き換えられる合繊素材だ。

清史さんは自在に扱えるリサイクル素材の登場について、「合繊を使いたい服があっても、これまではリサイクル素材を活用するというオプションがなかったから、ザ・イノウエブラザーズでは使えませんでした。それが実現できる可能性が見えてきたのは希望が湧きますよね。アルパカ製品をリサイクルして製品化する際に一緒に使うポリエステルもリサイクル品なら、お客様に100%リサイクルされたアイテムだという強いメッセージを発信できます。みながそういう活動をすれば、ムーブメントになっていきます」と話す。

聡さんもこの意見に同意する。「デンマーク人が食材からオーガニックムーブメントを起こそうとした時、最初に手をつけたのは国民が毎日飲む『ミルク』でした。オーガニックミルクを買う人が増えた結果、値段も抑えられ、オーガニック食材の美味しさも認知され、『同じものを買うならオーガニックを選ぶ』という小さな意識の変化がおきました。いまではデンマークが世界で最もオーガニックの食材が豊富な国になりました。ファッション分野で多く使われる素材がポリエステルなら、『レニュー』からみんなの意識が変わっていくかもしれません」。

下田さんも、「発信力があるザ・イノウエブラザーズのアルパカやオーガニックコットンと一緒に、我々の『レニュー』素材が使われればとても嬉しいです。ここからムーブメントが起こり、最終的にサステイナブル素材が消費者に認知されていくきっかけになれたら」と期待を寄せる。

「レニュー」を使用したブルゾンのサンプル。ポリエステルは同じ石油由来のナイロンと比べ、引張り強度が高く弾力性がある。洗濯しても乾きやすく、耐熱性もあることからケアしやすいとされ、日常的な衣服に使われることが多い。

いいことずくめに思える「レニュー」のリサイクル素材だが、課題も残されている。そのひとつは、綿ポリエステルといった混紡生地はリサイクルしにくいこと。単に古着を集めて機械に投げ込めばリサイクルポリエステル素材が完成するのではない。その点を下田さんが以下のように説明する。

「混ざりものがある素材を、もう一度、個々の単一素材に戻すのはとても難しい技術です。現状『レニュー』の原料は、100%ポリエステルであったり、高い混率のものに限っています。ゆくゆくは、複数の素材が混在する製品をいかに無駄なく再利用するかについても考えていく必要があり、それは、服作りにもかかわるファッション業界全体の課題だと思います。サステイナブルの考え方が広まっていくと、あらかじめリサイクルすることを前提にした製品がデザインされるようになるかもしれません。こうした社会を目指し、その時々に求められる技術を見い出し、提供していくのが我々商社の使命です」

聡さんは、リサイクル素材を使うファッションブランド側の問題点も指摘する。「“グリーン・ウォッシング”という言葉で表される、たとえばリサイクル素材を少ししか使わずに、『我々はサステイナブルなブランドです』と謳っているようなブランドがたくさんあります。今後は使用混率の基準を厳しく設けるなど、提供する企業によるサステイナブル素材の扱い方がより重要なポイントになるでしょう。なぜなら購入する消費者はピュアな気持ちだから。エコフレンドリーな生活を望む人がたくさんいるのに、サステイナブルな気持ちがない企業がトレンドに乗っているだけの現状に危機感を感じています。一般消費者が企業の姿勢を見極めるのはとても難しいですから」

「レニュー」を使ったデサントが展開する「リ:デサント」のTシャツ。ほかにH&M、グローバルワーク、GU、ハンティングワールドなどが賛同して「レニュー」のポリエステルを採用し、製品タグにも「レニュー」のロゴを入れるなどして商品化している。

服の「素材」について、多くの人々に着目させるPR活動も重要な課題だ。この点について清史さんは、「たとえばこの記事のように人々に伝えるコミュニケーションをていねいにやっていけばいいと思います。『レニュー』自体もすでにひとつのムーブメントになってきているように感じますし、新しい価値観こそがムーブメントのパワーになります」と希望を口にする。

ザ・イノウエブラザーズが、ファンや社会意識の高いショップバイヤーに支持されるのは、消費者が感情的な絆を感じる “エモーショナル・アタッチメント” があるからだ。

聡さんいわく、「サステイナブルなものを浸透させるブランディングとして、人が気持ちを込めて買ってくれる、または、ブランドとつながりがあるという気持ちにさせることが重要。でも、まずモノがよくないとそこに到達するのは難しいんですよ。若い人に話を聞くと、いまいちばん心配しているのが環境問題です。『海のプラスチックがきれいになりますように』と、子供たちが作文で書く世の中になりました。将来的には『レニュー』のロゴが服のタグについていることが、地球に貢献しているブランドと認められるようになるかもしれません」。

今回この場で意見交換して、下田さんも井上兄弟も次へ歩む確かな手応えを感じたようだ。

「ザ・イノウエブラザーズの活動は、本当に素晴らしいと思います。信念をもった姿勢に共感しますし、今回お話をさせていただいて改めて本気度を感じ、感銘を受けました。お二人に素材の提供やどんな形であれ協力できたら、個人的にもとても嬉しいです。ぜひ今後そうしたお話をさせてください」(下田さん)

「新型コロナが落ち着いたら、ぜひ直接お会いしたいですね。新しい技術や我々が専門でない分野を学べるチャンスをもらえるだけでも感謝します。ペルーのアンデスに住んでる先住民たちの何千年の歴史のあるアルパカのカルチャーと最新の技術をミックスすることは、今後のムーブメントのためにも重要になりそうです。天然のものとハイテク技術が一緒にならないと、いま以上の進展は望めないと考えていますので」(聡さん)

サステイナビリティに関して、「ひとりが1万歩前に進むのではなく、1万人が一歩前に進めば社会に変化が起きる」という考えで活動を続ける井上兄弟。今後、さらに幅を広げて社会に貢献しようとする「レニュー」プロジェクト。我々消費者も、いま着ている服の素材がどのような由来なのか、少し思いを馳せるだけでも、永遠の未来が見えてくるかもしれない。

問い合わせ先/伊藤忠商事
https://renu-project.com/

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