【佐藤可士和のクリエイションの秘密】前編:本質的な価値を伝える、「アイコニック・ブランディング」とは。

  • ポートレート:齋藤誠一
  • 文:高瀬由紀子

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2021年2月3日(水)、国立新美術館で大々的な個展がスタートする佐藤可士和。日本を代表するクリエイティブ・ディレクターの仕事の根幹を成す独自の方法論についてインタビューした。前編となる今回は、佐藤が一貫して追求してきた「アイコニック・ブランディング」の真意に迫る。

企業、文化施設、病院、教育機関、地域産業——。ジャンルの枠を超えて、数多のブランディング・プロジェクトを手がける佐藤可士和。国立新美術館での大規模個展『佐藤可士和展』がいよいよ2月3日から開催される。クリエイティブ・ディレクターとしては初となるこの個展は、デザインの力を信じ、その概念を大きく広げて社会に働きかけ続けてきた佐藤だからこそ実現した企画と言えるだろう。

今回の展示の切り口のひとつにもなっているのが、さまざまなプロジェクトに一貫している「アイコニック・ブランディング」という佐藤の方法論だ。博報堂在籍時代から佐藤が常に感じていたのは、「世の中には情報が洪水のごとくあふれていて、物事を正確に人に伝えていくことは至難のワザ」だということ。

「ブランディングとは、社会の中での存在感を戦略的に構築していく作業。ですから、その対象の本質的価値をつかんで研ぎ澄ませ、シンプルで明快なアイコンとして提示すると、ひと目で多くの人に伝わり非常に効果的なんです」

その典型と言える例が、企業やブランドのロゴだ。さらに佐藤は、プロダクトや空間、建築、そして街の風景までもアイコンとして展開し、人々の心に鮮烈な印象を与えてきた。

「ユニクロ」のロゴは、「カタカナ」でなければいけなかった。

佐藤可士和●クリエイティブ・ディレクター。1965年、東京都生まれ。博報堂勤務を経て2000年に独立し、クリエイティブ・スタジオ「SAMURAI」を設立。ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、ユニクロや楽天グループをはじめ、数多くの企業や教育機関などのブランディングを手がける。近年では今治タオルや有田焼のプロジェクト、文化庁文化交流使(2016年度)としての活動など、日本の優れたコンテンツを海外に発信することにも尽力している。2月3日~5月10日まで、国立新美術館で大規模個展『佐藤可士和展』が開催。

佐藤が手がけたアイコニック・ブランディングの代表例が「ユニクロ」だ。2006年のニューヨーク旗艦店オープンに伴い、アルファベットとカタカナの2種類で展開されたロゴの登場は、実にセンセーショナルだった。

「ユニクロの服の本質から導き出した、『美意識ある超合理性』というコンセプト自体がアイコニック。この考え方をベースに、ロゴや店舗を展開していきました」

ニュアンスを排した骨格だけのシンプルなロゴは、まさにコンセプトを具現化したデザイン。ニューヨーク旗艦店のディレクションというグローバル戦略の依頼だったため、“日本発”を強く意識したという佐藤だが、カタカナのロゴに大きな意味があったという。

「アメリカ生まれのカジュアルファッションを、日本で再解釈して世界へ発信するという意図がありました。外国語の変換に使うカタカナでロゴをつくるという、コンセプチュアルな表現が重要だったんです」

ブランドとしてのストーリーを背景に宿すアイコンだからこそ、確固たるコンセプトと、そこから生まれる強さがあるのだ。

2006年のニューヨーク旗艦店オープンが、佐藤が参画したグローバル戦略のスタートだった。工事中の仮囲いにもちりばめられたロゴは、ブランド認知のためのキービジュアルとなる。カタカナのロゴは、“無機質でポップないまの日本”の象徴でもあり、ピュアな赤色の効果も相まって強烈な存在感を放った。

さらに佐藤は、店舗という空間もアイコンとして昇華させていく。ニューヨーク旗艦店では、カシミアセーターを何百枚も積み上げ、Tシャツで壁一面を埋め尽くすなど、商品そのもので整然としたインテリアをつくりあげ、「美意識ある超合理性」をアイコニックに表現した。

2020年、横浜郊外にオープンした「ユニクロPARK横浜ベイサイド店」も、店舗そのものがアイコニックだ。屋根面に巨大なすべり台やボルダリングウォールを設置した、地域に開かれた公園一体型店舗となっている。

「買い物せずに、公園で遊んでもらうだけでもいい。企業に地域社会の一員としての貢献が求められる時代性を反映した、半パブリックな店舗です」

実店舗に行く楽しさが存分にデザインされた「ユニクロPARK横浜ベイサイド店」(2020年)は、公園やフラワーショップもある“遊べるユニクロ”だ。地域に開かれた半パブリックなつくりはユニクロ初の試みであり、郊外でもわざわざ行きたくなる「ディスティネーションストア」という新たな業態の開発にもなった。

佐藤が実践してきたアイコニック・ブランディングの最新形と言えるのが、2013年から取り組んできた「beauty experience」のプロジェクトだ。ヘアケアブランド「モルトベーネ」の未来の姿をヒアリングする中で導き出したのが、商品を売るだけにとどまらない、「人生に、新しい美の体験を。」というミッション。2015年の「beauty experience」という新社名への変更は、このミッションをダイレクトに伝えてはどうかという佐藤の提案から生まれた。

「新しいロゴは、ミッションの核である『美』という漢字をモチーフにしたもの。さらに、イベントや撮影などに使う“新しい美を体験する場”であるスタジオも、ロゴのイメージを空間デザインに展開したことでブランドのエッセンスを感じる空間になりました」

ミッション、社名、ロゴ、空間を一気通貫させた明快なブランディングは、個性的なアイコンとともに、ブランドの新たな出発を強く印象づけた。

「美」という漢字そのものから生み出した「beauty experience」のロゴ。企業ロゴではあまり使われることのない紫のコーポレートカラーは、ブランドのユニークネスを表現したもの。艶やかな印象が、美をつくるブランドのイメージにぴったりだ。
全国4カ所に展開するスタジオでは、ロゴから派生したアートワークで世界観を統一。東京のスタジオでは、ロゴをモチーフにした布を天井から吊り下げ、アイコニックな空間をつくりあげている。

地域産業や伝統芸能。どんな分野でもアイコン化して伝えていける。

以前は共通したロゴがなかったため、産地として認識できない状態だった「今治タオル」。後継者不足や安価な海外製品の台頭で危機を迎えていたが、佐藤がブランディングを引き受ける決め手となったのは、製品の傑出した上質さだった。

佐藤のアイコニック・ブランディングは、企業の枠にとどまらない。2006年にスタートした「今治タオル」のプロジェクトは、地域産業のブランディングだ。いまや上質なタオルの代名詞となった同ブランドの復活劇は、佐藤が「安心・安全・高品質」をコンセプトに掲げ、品質保証を示すアイコンとしてのロゴマークを設定したことから始まった。

「ロゴの造形は、タオル生産を支える、太陽や水といった瀬戸内の自然の恵みを描写したもの。今治タオルの頭文字である『i』でもあり、産地の復活という思いを込めた『ライジングサン』でもあります。さまざまな意味合いを凝縮した、まさにアイコンです」

併せて、ブランドの本質的価値を発信していくために、真っ白なタオルをキープロダクトにするという潔い戦略を実施。

「産地では当時、装飾性の高いタオルのほうが高価値だと思われていましたが、お米のよさはカレーよりまず白米で味わいたいのと同じ。生産する各社の真っ白なタオルが揃うことで、素材の素晴らしさを伝えるアイコンになると思いました」

この戦略が実を結び、名実ともに日本を代表するタオルブランドとなったのは周知の通りだ。

純白のタオルに映える、赤、青、白のロゴマーク。産地が独自に定めた品質基準をクリアした商品のみに付与される、品質保証マークでもある。ひと目で認識できるシンプルなアイコンは、消費者にとっても信頼の証しだ。

ジャンルを軽やかに飛び越える佐藤の方法論は、歌舞伎界でも鮮やかに真価を発揮した。2016年に行われた八代目中村芝翫の襲名披露公演では、祝幕やロゴをはじめとするクリエイティブワーク全般を担当している。

「歌舞伎では、『名前』がなにより大事です。江戸時代から続く名前を代々継いでいくことは、まさにブランドを受け継いでいくことと同じ。ですから、名前をいかにアイコニックに表現できるかということに力を注ぎました」

歌舞伎界では例のない、3人の息子たちを含めた親子4人の同時襲名披露。「新しい成駒屋をつくっていきたい」という八代目芝翫の要望に応えるべく佐藤がデザインしたのは、場がぱっと華やぐ、カラフルでモダンな4者4様の襲名記念ロゴだ。

「いまは伝統芸能ですが、もともとの歌舞伎は大衆芸能だった。江戸時代のポップカルチャーだったという本質に立ち返り、現代的なエッセンスを加えました」

歌舞伎座での2カ月目の襲名披露公演の祝幕では、ロゴを前面に打ち出し、親子4人の同時襲名を華やかに演出。ロゴ制作にあたっては、4人とじっくり話してそれぞれの個性に合う書体をデザインした。ロゴは、千社札や風呂敷などにも展開された。
舞台で重要な小道具にもなる手ぬぐいにも、四者四様の図柄を使用。中央が八代目芝翫、その右上が「はし」をアイコン化した四代目橋之助、右下が「ふく」をアイコン化した三代目福之助、いちばん上が「う」を組み合わせた四代目歌之助の図柄。祝幕やのれんにも使用され、今後は浴衣などさまざまなツールにも展開されていく予定だ。

続いて、それぞれの名前をアイコン化したオリジナルの図柄をデザイン。歌舞伎の歴史では役者名を文様化した例も少なくなく、初代芝翫の「芝翫縞」も有名だ。4本の縞と鐶(かん・箪笥の取っ手)をつないだ柄を交互に配した文様で、「四鐶=芝翫」の語呂合わせになっている。

こうした江戸の洒落た文化を取り入れ、佐藤は「芝」の草冠を鐶に置き換えた図柄をデザイン。他の3つの図柄は、それぞれの名前に使われるひらがなをモノグラムとしてアイコン化した。伝統を再解釈した粋でモダンな図柄は、新たな成駒屋の幕開けを鮮やかにアピールしたのだ。

「本質を磨き、ひと目でメッセージが伝わるように視覚化する。この方法論をさらにリファインさせていくことで、今後は味や匂い、サービスといった形のないものも伝えていけるんじゃないかと思っています」


企業から地域産業、そして伝統芸能まで。多様な分野で佐藤がアイコニック・ブランディングを成功させたのは、クライアントと徹底的に向き合うことで核となる本質的価値を的確に捉え、それをアイコンとして明快にデザインしたからだ。進化し続ける佐藤のクリエイティブ・ワークから、ますます目が離せなくなりそうだ。

※後編に続く


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