フランク ミュラーの“時の哲学”をスペシャルムービーで表現したアートディレクターの森本千絵が、ゲストに松任谷由実を迎えて「時」をテーマに対談する。

2003年に時計ブランド、フランク ミュラーの動画を手がけたアートディレクターの森本千絵。16年の歳月を経て、同じエストニアのアニメーション作家と組み、新たな動画を完成させた。松任谷由実のアルバム『POP CLASSICO』(2013年)や『宇宙図書館』(2016年)のアートワークを手がけた森本。プライベートでも交流のあるふたりが、時間とクリエイションについて熱く語り合った。
印象に残る時間というのは、すぐ近くにある。

森本千絵(以下、森本):今回は「時」をテーマにお話をうかがうのですが、そもそも由実さんの音楽のつくり方って、時の流れが一直線ではないですよね。
松任谷由実(以下、松任谷):印象に残る時間というのは、わりとすぐ近くにあるものだから。時間の感覚は、年表通りには進んでいないのね。音楽もネット配信の時代になって、CDのリリース時期とは関係なく50年代の音楽も80年代の音楽も、いま出合って新鮮なものは近くに感じるじゃない?
森本:「タイムマシンツアー」はまさにステージが時計の盤になってましたよね。
松任谷:あれはデビューから45年間のハイライトのようなもので、過去のステージのオムニバスみたいになりましたね。実際、ステージを文字盤に見立てて何時の方向に何歩で歩くとか、演出上も時間を読んでました。
森本:中央にはタイムマシンの鍵みたいなものがあって。
松任谷:3次元も4次元も超えて世界を開く鍵。「時間の旅」というのはずっと共通してるテーマで。時計というモチーフが、私の中で通底音のように流れています。
森本:今回、フランク ミュラーの新作動画に取りかかる企画段階で、「タイムマシンツアー」にはすごく影響されました。

松任谷:森本さんがつくったこの動画、すごい好き。日時計とか砂時計とか、人が針になっていたりする。ハートビートも時計であるわけだし、時の要素がすべて入ってる。フランク ミュラーって、数字が特徴的ですよね。
森本:このアニメーションを一緒につくったエストニアの作家は、この数字のデザインは月の光で映った影をなぞってできたんじゃないかって言うんです。
松任谷:ロマンティックだね。数字ってキャラクターがあるじゃない? 私は個人的に11という数字が好き。12という完全な数のひとつ手前であり、素数というのが魅力。
森本:時計って瞬間的にそちらの世界に入ってしまう感覚がある。特にフランク ミュラーの場合はその魔力が強くて、操られるような感覚。

松任谷:私は時計を必ず着けているけど、アナログ時計が好き。針の動きを読めることが大事で、45分を指していたら90度で残り15分とか、視覚化できるのがいい。
森本:針の角度で時間が読めるっていうのはありますね。音楽に関しては、由実さんほど時を行き来して創作するミュージシャンはいないのではと思います。
松任谷:好奇心が強いのね。いろんなものを見てインプットしてるから、マンネリに陥りそうになって追い詰められても、自分の中の引き出しが開いてアイデアが出てくる。年代や場所は関係なく。すっかり忘れたと思っていた引き出しが、まったく新しい輝きをもって目の前に現れたりする。過去の匂いとかテクスチャーみたいなものが、映画のワンシーンのように浮かび上がってくるんです。
森本:テクスチャーって言葉を大切にされてますよね。
松任谷:目に見えないものにほとんどの情報があるから。この世で目に見えていることはごく一部にすぎない。
森本:そうですね。
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“懐かしい未来”を思いながら、時間の旅へと誘う。

松任谷:時間で印象に残っているといえば、1986年にダカール・ラリーに同行した経験があって。1カ月間かけてサハラ砂漠の奥のほうまでクルマで旅をしたんです。手付かずの砂地に、テーブルマウンテンみたいな天然のオブジェが突如現れたり。信じられないような風景が広がっていて、距離感がまったくつかめない。どこをどのくらい走ったかわからないから時間の概念が狂ってくる。遠くで竜巻が起こってうわーっと近づいてくるかと思うと、ふっと手前で消えたり。
森本:時は距離感とか関係性で測れるものなんですね。
松任谷:あと、極限の状態でしか見ることができない世界ってあるじゃない?宇宙飛行士や一流アスリートが見た世界って、経験した人でないとわからない。そういうことをできるだけ知りたいって思う。
森本:極限の世界からこちらに帰ってきた時、色彩感覚も変わりますよね。由実さんの音楽は色のパレットもすごく幅が広くて。
松任谷:音楽って色や時間を立体的に伝えられる唯一のジャンルだと思う。私はいつも、「音楽は時間をデザインする行為」って言ってるんだけど。
森本:『宇宙図書館』のアートワークを考えた時も、常に「時」がテーマでしたよね。
松任谷:キーワードは「懐かしい未来」。どんな曲をつくる時も、思い出や希望、時間を意識します。未来を予想すると同時に、過去の自分がいまの自分を支えてくれていると感じるのね。『ひこうき雲』なんて16歳の時につくったのに、いまになって改めて気づくこともあるんですよ。

森本:16歳の時は、逆に未来からサインを受けていましたか?
松任谷:そうね。霧の中でかすかな光を求めて前ヘ前へ向かっていく感覚。心をよくすましていると、かすかなものが見えるんです。逆にいろんなものが見え出すと、正しい光を見失う時もある。
森本:フランク・ミュラーが「ラグジュアリーとは、自分のためにゆっくりと時間を使うこと」と言っているんですが、由実さんにとってそのような時間ってどんなものですか?
松任谷:過ぎ去ってみれば、あれは贅沢な時間だったってことのほうが多いかな。昨晩は霧がすごく深くて、夜中に外に出て空を見上げてたの。じっと見てるとここにもあそこにも星が増えてきて。霧の中の星を見ているような、日常のなにげない時間もまた贅沢だと思うんです。
霧のように茫洋としたこの世界で、耳をすませ、目をこらして音を紡ぐ松任谷。次はどんな時間の旅へと誘ってくれるのか、私たちはいつもわくわくしながら待ち続けている。


フランク ミュラー×森本千絵のスペシャルムービー「Infinitely Together」はこちら
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