かつてあらゆる地域の繁華街に点在し、人々を楽しませてきた「映画館」。街の多くの映画館が姿を消すなか、一度は幕を閉じた映画館が、映画ファンの声に押されて復活を遂げたという実例があります。いったい映画館とは、そしてそれを愛する人の心とはいかなるものなのでしょうか。新進の映画監督・枝優花さんとふたつの映画館を訪ね、その魅力を探ります。
かつて娯楽の中心であった映画館。それは物語に心躍らせる場所であり、未知の文化に初めて触れる場所であり、歴史に胸をときめかせる場所であり、恋人と思い出を共有する場所であり……さまざまな思いが交差する場所でした。時が流れ、人々の生活習慣が変わっていく中で、街の映画館は一つひとつ幕を閉じようとしています。しかし、一度はその歴史を閉じようとした映画館が、市民の声で復活したという例もあります。ある種、時代に逆行しているようにも見えるそんな運動を起こさせる”映画館”とは、いったい何なのでしょうか。
その魅力に迫るのは、枝優花さん。クラウドファンディングによって製作費を調達した自身初の長編作品『少女邂逅』が、バルセロナ・アジア映画祭・最優秀監督賞や日本映画批評家大賞・新人監督賞を受賞。みずみずしい感覚で「いま」を切り取り、若い世代から圧倒的な支持を集める新進気鋭の映画監督です。
前篇で訪れたのは、枝監督にもなじみの深い「早稲田松竹」。映画と映画館、それにまつわる人々を愛する枝監督が、自身の言葉と感覚でその魅力を探ります。
早稲田大学の学生が、復活を後押し。
突然ですが、皆さんは1年にどれくらい映画館で映画を観ますか? 15回くらい? ……あ、2回ですか。なるほど。いまやNetflixを始め、オンラインでいつでもどこでも好きな時に映画に触れられますからね。進化した時代よ、ありがとう。私もお世話になっているよ。けれどもその代わりに、映画館で映画を観る意味を問われるようになりました。わざわざ2000円近く払って、スケジュールを調整して、他のことは何もできない2時間を過ごす意味って? はて、映画館って何だろうか。この時代における映画館の意義ってなんだろう。
学生時代、所属していた大学の映画サークルの近くに早稲田松竹がありました。独自セレクト2本立てをお財布に優しい値段で観ることができる。田舎から上京してきた私の最初の感想は「この値段で映画を2本で観られるのか……東京すごい!」。それでも学生時代はお金がなかったので沢山行くことができず、むしろ社会人になってから通うようになりました。”映画をつくっている忙しさ故に映画を観る時間がない”という謎のジレンマに陥り(これは多分業界あるあるなのでは)タイミングを逃し、泣きそうな私には最高の名画座。「劇場で絶対観たかったのに!」という作品はもれなく上映してくれている。ありがとう早稲田松竹! というわけで、そんな愛すべき早稲田松竹に伺ってきました。
1951年にオープンした早稲田松竹。現在、高田馬場に映画館は早稲田松竹のみですが、オープン当時は5館ほどあったそう。そんなにあったんだ……というショックと同時に、いまも残っている早稲田松竹に感謝だよ……。新宿界隈で見ても、2本立ての名画座は早稲田松竹だけ。支配人の菊田さんは「だからこそ守っていく意義がある」と言います。2本立てのよさっていうのは、思わぬ出合いがあること。1本は知ってるけど、もう1本はよくわからない。けれど観てみたら「えー! 傑作!」なんて思わぬ出合いをしたり。私は、目的もないのに服屋に入ると、思わぬ掘り出し物に出合ってしまい無駄遣いをする羽目になるんだけど、それとは訳が違うね。そんなのと比べるなよなって。うん。
実は2002年4月1日に一度休館。その理由は(いまより回転数が少なかったこともあるが)興行収入が減ってきたことだったそう。じゃあ一回お休みして態勢を立て直しましょう! と休館。……だけども、02年12月には再開。えーっ! 1年も経ってない!(笑)
というのも、商店街通りの真ん中にドーンとあった早稲田松竹がお休みになったことで、通りが暗くなってしまったそう。「このまま文化施設がなくなっていいのか!?」と早稲田大学の学生さんが署名運動を始めました。その名も「早稲田松竹復活プロジェクト」。良い。私もその時代にいたら署名してたな。こうして学生さんたちがぐいぐい引っ張っていった結果、気づいたら年内に再オープン。あっぱれ早稲田生。ありがとうございます!
スマホ時代に、映画館で観ることの意味とは?
再オープンするとともに新態勢に。いままでよりも朝早く、夜遅く。回転数も増やして、より多くのお客さんが利用しやすくなりました。大学も近いし、若いお客さんも多いのでは? と思ったらこれがびっくり。学生の数はいちばん少なく、それ以上に社会人やシニア層が多いとのこと。こんな良い映画館があるのに! と思ったけど、おいおいお前もだよ、そうです、私もでした。お金がなかったんだ……。
けれど実は再オープン時は学生のお客さんがとても多かったそう。その当時の学生たちが社会人になっても通い続けてくれているからいまがあるんだね。でも! それでもやっぱり若い人たちに来てほしいよなあ。どうしたらいいんだろう。
以前、「営業職になってはじめてきました」という早稲田大学出身の方がいたそう。なるほど、通っていても触れる機会すらなかったということか。ということは「そもそも早稲田松竹を知らない若い人たち」はかなり多いのでは?
冒頭でも話した通り、早稲田松竹は2本立て。菊田さんは「幅広い年齢層の方に来ていただきたい」という信念のもと、監督特集をメインでやっています。月に一度「早稲田クラシックス」と称し、あえて新作の中に古い作品を上映。とにかく一回来てもらって「映画館ってこういうところなんだ!」と知ってもらうことが大事ですからね、と。そして、だからこそ、最近は早稲田大学の是枝裕和監督のゼミや広告研究サークルの学生たちと積極的にイベントを行っているといいます。
菊田さんにとってなかでも思い出深いイベントは、『桐島、部活止めるってよ』と『サニー 永遠の仲間たち』の併映イベントだといいます。当日は吉田大八監督と佐藤プロデューサー、“おっサニー”の花くまゆうさくさん、松谷創一郎さん、中井圭さんの5名が登壇するにぎやかなトークイベントを実施。互いに学生たちの多感な時期を、各々の視点で描いている映画であることや、日本アカデミー賞を獲った効果もあり、学生のお客さんがとても多かったそう。ロビーは長蛇の列で、平日も整理券を配るほどの大盛況。大きなスクリーンで同年代の知らない人たちと、同じ空間でそれぞれの思い出を通して映画を見つめる。自分の人生と交錯するような瞬間を暗闇で味わう。至高だったことでしょう。家や電車じゃダメなんだ。きっとこの日にこの時間を体験した学生たちは、大人になっても早稲田松竹を訪れるに違いない。
さて、最初の議題である「映画館とは一体何のためにあるのか?」。今回わかったことは「体験する」ことの重要性です。映画館で映画を観ることは「体験」。触れて感じて、心が揺れて知ることがある。きっとそれを体験したお客さんたちが、いまの早稲田松竹を支えている。
「同じ映画なのだから、映画館で観ようがスマホで観ようが同じなんじゃないの?」って思うよね。いや正確には全然違うし、サイズ感や音響とかの小難しい知識の説明をしろと言われたらするんだけど、でも今日は違う! それはネットで調べたら出てくるから! ググって!
私が伝えたかったことは「とにかく体験しに行け!」ってこと。この記事を読んで早稲田松竹を知った人は、まず体験しに行って欲しいよ。心震える瞬間に知らない人たちと立ち会ったり、映画館を出て外の光を浴びて目の奥が痛くなったり、高田馬場駅までの5分間、イヤホンをはめることすらできなくなって欲しい。映画のレビューなんて調べずに、まずは自分の目や心を信じて、飛び込んでほしいな。
早稲田松竹
住所:東京都新宿区高田馬場1-5-16
TEL: 03-3200-8968
料金:1,300円(一般)※現金のみ