アートが腕時計を進化させる!? アートディレクター千原徹也の感性を刺激する、「オーデマ ピゲ」の理念。(後編)

  • 写真:岡村昌宏(CROSSOVER)
  • 文:髙田昌枝

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アートディレクターの千原徹也さんとともにアート・バーゼル体験をお届けした前編に続き、後編ではオーデマ ピゲとアートの関係に迫ります。

オーデマ ピゲ・アートコミッションのキュレーターであるモニカ・ベロさん(写真左)と、千原徹也さん。

オーデマ ピゲは、6月に開催されたアート・バーゼルの舞台で第4回アートコミッション作品を発表しました。英国人デュオ、Semiconductorによる没入型アート作品「HALO」の制作にあたってキュレーターを務めたのは、スペイン出身で、アート史研究家でもあるモニカ・ベロさん。オーデマ ピゲの依頼を受け、アートコミッションにふさわしいアーティストとプロジェクトを選定し、作品づくりをオーガナイズする重責を担ったキーパーソンに、お話を伺いました。

アートコミッションを実現する、キュレーターの役割とは?

100カ国以上から9万5000人のアート関係者と愛好家を集めた、アート・バーゼルの会場。まさに、世界を代表する現代アートフェア。

6月11日から16日まで、6日間にわたって開催されたアート・バーゼル。1970年にスイスで誕生したフェアは、いまではマイアミビーチ、香港へと拡大し、世界をリードする近現代アートフェアに成長しています。オーデマ ピゲはこのアート・バーゼルの公式アソシエイトパートナーとして、2013年以来フェアを支援。今年のバーゼルの舞台では、第4回アートコミッション作品「HALO」を発表しました。第4回を迎えたアートコミッションのために、オーデマ ピゲがゲストキュレーターとして白羽の矢を立てたのが、モニカ・ベロさん。アート史研究家であり、国際的な展示やイベントを舞台に、キュレーターとして15年のキャリアをもつ彼女は、2015年以来、ジュネーヴにあるCERN(欧州原子核研究機構)のアート部門ディレクターを務めています。科学研究機関CERNにおけるアート・プログラムの初の責任者として、科学とアートを結び、その相乗効果を高める役割を果たし、国際的に知られるキュレーターです。

素粒子科学の最先端を司るCERNのアート部門責任者のモニカ・ベロさんは、科学とアートの架け橋として活躍するキュレーター。
モニカ・ベロさんの所属するCERNで既にフェローシップを経験している、アーティストデュオのSemiconductor。彼らがオーデマ ピゲの協力を得て完成させた「HALO」は、光と音でビッグバン直後の宇宙空間を体験させる没入型アート。

ゲストキュレーターの仕事は、アーティストを紹介し、プロジェクトの選定をアドバイスすること。制作にあたっては、レベルの高い作品を実現するためのさまざまなオーガナイズとサポートを手がけます。オーデマ ピゲの依頼を受けたモニカさんは、まず、5組のアーティストを紹介。その中から選ばれた3組がジュウ渓谷の工房を訪問し、プロジェクトを提出したといいます。Semiconductorもそのうちの1組。素粒子衝突のデータを使い、人間が体感できる数値に変えて音と光で体験させる「HALO」のプロジェクトでした。

「HALOは、オーデマ ピゲの委員会のメンバー全員の賛同を集めました。Semiconductorの提案が、オーデマ ピゲの求める、複雑性、正確性、テクノロジーの精神にそのまま通じていたからです。CERNの先端科学のデータ、時計づくりに通じる最高の技術を使い、洗練された、複雑で美しいマシーンをつくり上げていました」とモニカさんは言います。

アーティストに全面的な自由が与えられるのも、アートコミッションの特徴です。

「オーデマ ピゲは、アーティストが望み通りに制作するために白紙委任状を与え、資金と専門技術や知識の面も援助します。アーティストは、非常に価値ある経験を得て、最善を尽くすことができる。アーティストにとって、実に素晴らしい支援のあり方です」

「時間を定義するウォッチメーカーが、時間の観念のまったく異なる素粒子や宇宙を扱うアートを支援するのは面白い」と千原さん。

取締役会副会長オリヴィエ・オーデマ氏が語る、アート支援の理由。

アートへの取り組みの中心人物、オーデマ ピゲ取締役会副会長のオリヴィエ・オーデマさん(写真左)。

そもそも、ウォッチメーカーであるオーデマ ピゲがアートを支援することになったきっかけは、どこにあったのでしょう。取締役会副会長のオリヴィエ・オーデマさんは言います。

「2012年、ロイヤルオーク40周年記念のために、イギリス人写真家ダン・ホールズワースを支援しました。この時、彼が撮影したジュウ渓谷の姿が我々に衝撃を与えたのです」

そこには、自分たちの目が捉えてきた穏やかな自然とは違う、暗く厳しい自然の姿が写し出されていました。

「彼の写真に、自分たちのオリジンと存在意義を考えさせられた。我々と違う目をもったアーティストと協働することで、企業として変わりゆく世界に向けて準備することができるはず、と考えました」

こうして始まったのが、オーデマ ピゲのアートへの取り組み。アーティストが独自の視点で、ブランドの文化的、地理的原点を解釈する作品制作に対して、毎年支援が行われてきました。今年のコレクターズ・ラウンジでも、イタリア人アーティスト、ケオラが最新の映像技術から生み出したジュウ渓谷の姿がブースを彩りました。

一方、2014年からは、アートへの取り組みの中でも中心的な存在となるアートコミッションが始動。「アートがもたらしてくれる驚きと革新を最大限に享受するために、現代アートのスペシャリストに、支援すべきプロジェクトとアーティストを選んでもらうことに。それがアートコミッションです」と話すオリヴィエさん。アーティストはジュウ渓谷を訪れてウォッチメーカーの世界に潜入、体験し、そこにインスパイアされたプロジェクトを提案します。

2018年のアート・バーゼルでは、コレクターズ・ラウンジのブースに、イタリア人アーティスト、ケオラが最新の映像技術から生み出したジュウ渓谷の姿が展示されました。
ダン・ホールズワースの目が捉えた、オーデマ ピゲの故郷、ジュウ渓谷。暗く厳しい自然の風景がオーデマ ピゲに衝撃を与えたと言います。©Dan Holdsworth

「我々はコレクションするために制作を援助するのではありません。出来上がった作品はアーティストのもの」と言うオリヴィエ・オーデマさん。「HALO」も、今後はオーデマ ピゲの元を離れ、独自に展示されていくことになります。「アートに取り組むことの目的は、自分たちを変革すること。我々のモティベーションは、アーティストが世界を見る目を利用することなのです」

その例として、オリヴィエ・オーデマさんが挙げてくれたのは、2015年に発表されたロバン・マイヤーの「シンクロニシティ」。「自然界の同調をテーマにした作品です。特にホタルが放つ光は、誤差のない正確なシンクロ。この作品から、企業内コミュニケーションをスムーズに行うための空間オーガナイズの発想が生まれました」

アーティストとの協働は、文字通り、企業としてのオーデマ ピゲに革新をもたらしているのです。

アーティストの目が捉える世界からの新しい発想は、オーデマ ピゲに驚きを与え、企業としての姿勢、ひいては時計づくりの核心へとつながります。

問い合わせ先 : オーデマ ピゲ ジャパン
www.audemarspiguet.com/jp