ファッション・イラストレ―ションの第一線で活躍しながら、アーティストとして絵画を発表するマッツ・グスタフソン。現在、東京で5年ぶりとなる彼の個展「NUDE」が開催中です。来日した彼に、個展への思いと創造の秘密を聞きました。

マッツ・グスタフソンは、ファッション界で知らない人はいない、カリスマ的な人気を誇るイラストレーターです。そんな彼が、仕事とは別に自身の作品を制作しはじめたのは1980年代末のこと。ポートレート、ヌード、風景などを題材とした水彩画やドローイングは、ファッションと共通する高度な洗練をそなえながら、普遍的な美しさを感じさせます。東京・恵比寿のMA2ギャラリーで開催中の個展「NUDE」は、彼がおもに90年代初めに描いたヌード作品で構成されており、自身にとっても過去を振り返る絶好の機会になったようです。
マッツは、ファッション以外のテーマに取り組むようになった経緯を、2003年に行われた「Pen」のインタビュー記事で率直に語っています。個展のオープニングに合わせて来日した彼に、当時のインタビューを振り返りながら、さらに詳しく話を聞きました。
ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

1980年前後のニューヨークは、現在とは違った意味で、圧倒的にクリエイティブでアーティスティックな都市でした。数多くの才能ある若者たちが、世界中からその街に吸い寄せられたといいます。スウェーデン出身のファッションイラストレーター、マッツ・グスタフソンもそのひとりでした。『VOGUE ITALIA』の編集長、フランカ・ソッツァーニらに早くから注目された彼は、80年代を通して第一線で活躍していきました。
転機が訪れたのは1989年。エイズの流行により悲しい現実と向き合うことになった彼は、仕事とは別に自身の作品を描きはじめます。やがて、題材として頻繁に描かれるようになったのがヌードでした。2003年5月15日号の「Pen」に掲載されたインタビュー記事で、マッツは「ファッションを描くことがどうしても薄っぺらに感じられてしかたなかった」と語っています。当時の気持ちについて、あらためて彼に尋ねました。
「ヌードとは、人の体を覆うファッションの対極にあるもの。当時の私は、人間そのものを意識したかった。特に80年代のファッションは奇妙にデフォルメされたものが多かったから、よりリアリティを大切にしようと考えた。エイズのために悲痛な現実が目の前にあり、自分を表現するのにファッションでは物足りないと感じていたんだ」

今回の個展「NUDE」では、2つの技法による作品が展示されています。1つは水彩画で、もう1つは黒のインクを多用したドローイングです。水彩画のほうは、マッツの友人や知人がモデルを務めました。
「私のまわりのファッションにかかわる人の中で、親しい人や素敵だと思っていた人にお願いした。女性のヌードも男性のヌードもあるけれど、どれもとてもプライベートな作品だ。僕はシャイな人間だし、相手との関係もあって、勇気のいる作業だったよ」
一方、インクのドローイングは、フリーマーケットで見つけたヌード雑誌などを参照して描いていったそうです。
「あの頃は『ヴィジョネア』がエロティカ・イシューを発行したりと、ヌードがいろいろな面から注目されつつある時期だったんだ。誰もがリアルな生に向き合おうとしていたし、私のヌードも肉体へのセレブレーションと言える。当時は確かにそういう空気があった。いまにして思うと、ヌードが時代の象徴(サイン・オブ・ザ・タイム)だったということだ」


2003年の「Pen」の記事でマッツは、「金があふれ、退廃的とも言える80年代の後にやってきた90年代は、生きることの意味を問う時代だった」と回想します。そんな時代の趨勢と、彼が描くヌードの世界観は確かに重なっています。では彼にとって、2010年代とはどんな時代でしょうか?
「正直なところ、いい答えが見つからない。現在もファッションの仕事を通じて時代を感じているけれど、もっと時間が経ってわかることかもしれないね。ただ、純粋なもの、本質的なもの、正直でベーシックなものが求められているところは、90年代と共通する。テクノロジーもコミュニケーションの取り方も大きく変わったから、決して同じではないけどね。混沌とした時代の中で、若い世代ほど世界について真剣に考えていると思う」
アメリカに暮らす彼は、やはり「分断」「緊張」「政治的」が現代のキーワードになっていると言いますが、だからこそある種の救いとして、美しいものが求められているということでしょう。
新しい美しさに挑戦しつづけたい。

マッツ・グスタフソンに、彼が美しいと思うものについて訊いてみました。
「自然は常に美しい。人の姿もそう。自然に存在するものはアートよりも美しいんだ。アーティストは、その美しさに挑戦しつづけなければいけない。私もずっと美しさに挑戦し、探求してきた。もちろん自分の作品が美しくあることは、いつも肝に銘じている。ファッションも同じだね。やはり常に今までとは違う美しさをつくり出そうとする。新しい見方、新しい美しさを提示してくれるんだ」
ファッションの仕事で、最近の彼の代表的なものがディオールのコレクションを描いた作品集『DIOR by Mats Gustafson』です。ブランド設立70周年を記念して出版されたもので、ラフ・シモンズがオートクチュールを手がけた5年前から最近までの作品をマッツが描いています。
「ファッションの仕事はずっと続けているけれど、1つのクライアントのために5年間も集中して仕事をしたのは初めてだった。とてもいいチームと仕事ができたと思う。新しい作品集『NUDE』でも、『DIOR by Mats Gustafson』と同じグラフィックデザイナーに担当してもらった」


現在は、ニューヨーク州ロングアイランドのサグハーバーにある自宅兼スタジオを拠点として、ストックホルムにも家があり、ファッションの仕事ではパリを多く訪れるマッツ。彼の住む部屋は、たびたびメディアに取り上げられることもあり、その美意識の高さが空間全体に貫かれています。
「以前はマンハッタンに住んでいたけれど、いまはすっかりカントリー・パーソンだ。サグハーバーの家のまわりには、絵の題材にしてきた木々があり、鹿が歩くこともある。でもスタジオでは最先端のファッションも描いている。奇妙な生活だけど……。いや、これが自分らしいスタイルかもしれない。私には両方が必要なんだ。そしてスウェーデンには私のルーツがある。だいたい2ヶ月に1度はストックホルムを訪れている」
今回の個展では、会場のMA2ギャラリーの4階に新たにオープンしたスペース「APLUS PROJECT」で、広島のGALLERY-SIGNがル・コルビュジエやピエール・ジャンヌレらによるヴィンテージ家具とマッツの絵をスタイリングしています。
「プライベートな家のような空間で、とても気に入った。こんなところに住んでみたいね。巨匠たちの家具の中に自分の作品があるのは本当に光栄だ」

この数年間はディオールの仕事で忙しく、また今回の個展と同時に発表された作品集『NUDE』の制作もあって、マッツはなかなか自身の作品に取り掛かれなかったといます。しかし来年は、新しいテーマに取り組む構想もあるようです。すでに成し遂げていることにこだわらず、チャレンジを続ける姿勢が明確なのは、彼自身が語っている通り。どんな美の境地を見せてくれるのか、期待が高まります。
一方で彼の作風には、80年代から現在まで変わることのなかったクリアな個性があります。題材や技法を変えながらも、彼がいちばん好きなことをひたすら誠実に、一貫して突き詰めてきたからでしょう。そこに妥協はありません。だからマッツの作品は、いつまでも新しく、そして普遍的なのです。

Mats Gustafson NUDE
開催期間:2017年11月17日(金)〜2017年12月27日(水)
開催場所:MA2ギャラリー 東京都渋谷区恵比寿3−3−8
開場時間:12時〜19時
休日:日、月、祝
入場無料
www.ma2gallery.com