美術史に輝く名画を徳島県鳴門で堪能する、アートを巡る大人の旅へようこそ!

  • 写真:杉田裕一
  • 文:牧野容子
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徳島県鳴門にある大塚国際美術館は、西洋絵画の名作1000点以上を陶板で再現した世界に類を見ない「陶板名画美術館」です。すべての作品が原寸大で再現され、日本にいながらにして世界各国の至宝を体系的に、じっくりと味わうことができるのです。楽しみながら美術史を学ぶ、大人にふさわしいアートを巡る旅を紹介します。

ジョット・ディ・ボンドーネ『スクロヴェーニ礼拝堂壁画』1304~05年 フレスコ(壁画) 間口841×奥行2090×高さ1265cm イタリア パドヴァ スクロヴェーニ礼拝堂

連日多くの人々で賑わう、徳島県鳴門市にある大塚国際美術館。延べ床面積29412㎡という日本最大級の展示スペースに並ぶのは、西洋絵画の名作を陶板にした「陶板名画」です。陶板とは、陶製の大きな板に特殊な技術で原画を転写、焼成し、再現したもの。たとえば紀元前1世紀のポンペイの壁画や、ルネサンス期のミケランジェロ・ブオナローティによるシスティーナ礼拝堂の天井画、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチ、フィンセント・ファン・ゴッホ、パブロ・ピカソをはじめとする名だたる巨匠たちの作品など、美術史に輝く名作1000点以上が一堂に集結しています。

驚くのはすべての作品が原寸大で再現され、しかも壁画や天井画などは、現地の空間をそのまま再現した「環境展示」になっていること。そのおかげで原画本来のスケール感や筆のタッチなどを、よりリアルに体感することができます。まさに日本にいながら世界各国の至宝をじっくりと味わい、楽しみながら西洋絵画の歴史を学ぶことができる、世界に類を見ない「陶板名画美術館」なのです。今回はその膨大な常設コレクションから、「世界遺産の旅」「ルネサンスの三大巨匠たち」というお薦めの鑑賞コースを中心に魅力を解説していきます。

現地を再現した展示方法で、世界遺産をリアルに体感する。

『秘儀の間』紀元前70~50年頃 フレスコ(壁画) 間口494×奥行708×高さ474.5cm イタリア ポンペイ 秘儀荘。世界遺産としてこの秘儀荘を含む、イタリアのポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域が登録されている。
『ストゥディオーロ』1476年頃 寄木細工、油彩、板 間口350×奥行425.5×高さ526.5cm イタリア ウルビーノ パラッツォ・ドゥカーレ(マルケ国立美術館)。世界遺産としてこのパラッツォ・ドゥカーレを含む、ウルビーノ歴史地区が登録されている。

大塚国際美術館の展示スペースは地下3階から地上2階までフロアごとに、作品を時代やテーマ別に展示しています。地下から順番にたどっていくのもよし、自分の好きな作家の展示室から見ていくのもよし。鑑賞の仕方はさまざまですが、今回はふたつのお薦め鑑賞コースを中心に紹介していきます。まずひとつは「世界遺産の旅」コース。この美術館では世界遺産に登録されている地域や建物の中にある原画を、作品単体だけではなく、その保存状態や設置環境までも再現した「環境展示」で、確かな臨場感とともに作品を鑑賞できるのです。

たとえば『秘儀の間』は、紀元前79年の火山噴火によって埋没したイタリアの古代都市ポンペイの壁画。「ポンペイ・レッド」と呼ばれる印象的な赤色を背景に、豊穣の神ディオニュソスの秘儀に入信した花嫁の様子が描かれています。これはポンペイの壁画の中でも大きく、保存状態がよい代表作。燃えるような赤い色はもちろん、壁画のざらつきや筆のタッチまで見事に伝わってきます。

『ストゥディオーロ』は、15世紀後半に中部イタリアの小都市ウルビーノを治めたフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの書斎。こちらも現地の部屋がそのまま陶板で再現されています。寄木細工と肖像画で覆いつくされた壁に囲まれて、書斎の主(あるじ)はどんな思索を巡らせていたのでしょう。幾何学模様や動物、楽器などが緻密に表現された寄木細工の精巧さは、陶板でも目を見張るほどです。

『貝殻のヴィーナス』70年頃 フレスコ(壁画) 252×916cm イタリア ポンペイ 貝殻のヴィーナスの家。世界遺産としてこの貝殻のヴィーナスの家を含む、イタリアのポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域が登録されている。
パリのオルセー美術館の所蔵作品。ピエール=オーギュスト・ルノワールやエドゥアール・マネ、ジャン=フランソワ・ミレーなど、近代の絵画作品が集結した地下1階の回廊。世界遺産としてこのオルセー美術館を含む、フランス・パリのセーヌ河岸が登録されている。

雨風に強く、紫外線にも耐久性がある「陶板名画」は、屋外に展示しても色褪せの心配がないのが特徴。『貝殻のヴィーナス』は、そんな陶板名画の特性を活かした展示作品です。この絵画はイタリアの古代都市ポンペイの、列柱に囲まれた中庭に面した壁を装飾するために描かれたもの。「できるだけ現地の状況に近い雰囲気を味わってほしい」という思いから、屋外の緑の庭園に面するように展示されています。大きな貝殻に横たわるヴィーナスは、植物の美しさと豊穣を司る庭園の守護神です。

また、パリのセーヌ川左岸にあるオルセー美術館は、印象派を中心に近代の絵画作品を数多く所蔵していることで知られています。大塚国際美術館地下1階の近代フロアには、オルセー美術館の所蔵品約90点が集結。ピエール・オーギュスト・ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』やエドゥアール・マネの『草上の昼食』、ジャン=フランソワ・ミレーの『落ち穂拾い』など、美術の教科書でもお馴染みの作品が原寸大で並ぶ光景は圧巻です。

ジャック=ルイ・ダヴィッド『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠』1805~07年 油彩、カンヴァス 621×979cm フランス パリ ルーヴル美術館。世界遺産としてこのルーヴル美術館を含む、フランス・パリのセーヌ河岸が登録されている。
『聖ニコラオス・オルファノス聖堂壁画』1310~20年頃 セッコ(壁画) 間口960×奥行930×高さ670cm ギリシャ テサロニキ 聖ニコラオス・オルファノス聖堂。世界遺産としてこの聖ニコラオス・オルファノス聖堂を含む、ギリシャ・テサロニキの初期キリスト教とビザンチン様式の建物群が登録されている。

セーヌ川を挟んで、オルセー美術館の対岸にあるのがルーヴル美術館。その所蔵作品の中でも巨大な絵画のひとつが『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠』です。フランス人画家ジャック=ルイ・ダヴィッドによるこの大作も、もちろん原寸大。皇帝となり、自らの手で妻のジョゼフィーヌに冠を授けようとするナポレオン1世。権力の頂点に登りつめた彼の栄光を表すシーンです。約縦6×横10mの大画面に描かれている人物は約200人。すべて実在の人たちです。ひとりひとりの表情まで克明に描かれ、そのほとんどが誰であるのか識別することができると言われています。周囲の赤い壁も、ルーヴル美術館と同じ色を再現したもの。

一方、ギリシャの都市テサロニキに建てられた『聖ニコラオス・オルファノス聖堂』は、柱と壁は陶板、天井は木材で再現されています。四方の壁にサンタクロースの起源となった聖人、聖ニコラオスの生涯をはじめ聖母への賞賛、キリストの受難と復活などのテーマが描かれています。背景の鮮やかな青は、聖母マリアのシンボルカラー。ところどころ壁面がはがれ落ちていたり、ひび割れもありますが、これこそ現地の保存状態のままに再現した「環境展示」ならではのものです。

三大巨匠の代表作から、ルネサンス絵画の本質を読み解く。

ミケランジェロ・ブオナローティ『システィーナ礼拝堂天井画および壁画』 間口2000×奥行約4000×高さ1600cm 天井画『天地創造』 1508~12年 フレスコ 823㎡ 壁画『最後の審判』1536~41年 フレスコ 195㎡ ヴァティカン システィーナ礼拝堂
ミケランジェロ・ブオナローティ『聖家族』1530年頃 テンペラ、板 直径120cm イタリア フィレンツェ ウフィツィ美術館

お薦めの鑑賞コース、もうひとつは「ルネサンスの三大巨匠たち」コースです。大塚国際美術館の1000点以上の「陶板名画」は、世界25カ国、190もの美術館に所蔵される絵画の中から、日本の著名な美術史家6人によってセレクトされたもの。その中でもルネサンス期(16世紀前半頃)に活躍したミケランジェロ・ブオナローティ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエッロ・サンツィオの3人の作品には、いつも来館者の熱い視線が注がれています。

特に盛期ルネサンス絵画の最高傑作と評される、ミケランジェロの『システィーナ礼拝堂天井画および壁画』はその迫力、壮大さに圧倒されます。なにしろ奥行約40mの大ホールに描かれた天井画と壁画が、すべて現地のままに再現されているのですから。天地創造から人類の誕生、そして人類の堕落と刑罰など、根源的な主題を含む大画面には神と人類がひしめき合い、その姿態の表現や感情を吐き出すような身振りなどは、描かれた彫刻群とも言われるほど力強さにあふれています。1998年のオープン当初、天井画は平面の部分だけでした。システィーナ礼拝堂は側面がカーブ状になっている建築構造で、当時は曲面を陶板で再現する技術がなかったのです。しかし技術開発によって10年目を迎える2007年に、悲願であった完全復元が実現しました。

一方、ミケランジェロの別の作品『聖家族(ドーニ家の聖家族)』は直径120cmの円型画。聖母とイエス、ヨセフを描いたミケランジェロ唯一の板絵です。立体的で装飾性の高い額縁も、フィレンツェのウフィツィ美術館で目にするものに基づき再現しています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』1495~98年 テンペラ(壁画) 420×910cm イタリア ミラノ サンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエ修道院 食堂
レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』1503~06年 油彩、板 77×53cm フランス パリ ルーヴル美術館

レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『最後の晩餐』は、1977年から99年まで、20年以上もの歳月をかけて大規模な修復作業が行われ、その結果15世紀末に描かれた当初の色彩や線が鮮やかに蘇りました。大塚国際美術館では、この作品の修復前と修復後の2枚の絵を再現し、同じ室内で向かい合わせに展示しています。修復前と修復後の絵画を原寸大で、しかも間近で見比べることができるのは他に類を見ない、とてもユニークな鑑賞スタイル。2枚をじっくりと比較しながら、20世紀の大修復の成果を確認するのも楽しいのでは。

そして隣接する部屋には、あの名作『モナ・リザ』が。現地パリのルーヴル美術館ではいつも人だかりができていて、なかなかゆっくりと見ることができないこの作品も、ここでは好きなだけ向き合うことができます。また、この美術館では、視覚に障害がある人にも名画を楽しんでもらうために「ふれる名画パネル」を考案。『モナ・リザ』の展示にも設置されています。髪の毛のカールの具合や、口角が少しだけ上がっている(微笑んでいる)ことなど、実際に作品を触れることで感じ取ることができます。

ラファエッロ・サンツィオ『アテネの学堂』1509~10年 フレスコ(壁画) 577×817cm ヴァティカン ヴァティカン宮殿 署名の間
ラファエッロ・サンツィオ『小椅子の聖母』1514~15年 油彩、板 直径71cm イタリア フィレンツェ ピッティ美術館

ヴァティカン宮殿の「署名の間」を飾る壁画『アテネの学堂』を描いたのは、ラファエッロ・サンツィオ。「哲学」を表す絵の中に描かれているのは、有名な古代ギリシャの哲学者たちです。絵の中心、アーチの下に立つふたりのうち、左はプラトンで右はアリストテレスですが、実はこのプラトンはラファエッロ自身が尊敬するレオナルド・ダ・ヴィンチの容貌を取り入れて描かれているとのこと。また前面の中央で大理石に肘を乗せて、なにかを描いている人物はミケランジェロだと言われています。そしてラファエッロ本人も、画面右隅に登場。古代の人間の英知や理性を示すテーマの中に、同時代の芸術家の姿を重ね合わせたこの壁画は、ルネサンスを象徴する作品のひとつに挙げられています。

一方、「聖母子像」もラファエッロが『小椅子の聖母』として描くと、なんとなく表情も人間の親子らしい雰囲気になります。頭にターバンを巻き、ショールを肩にかける聖母の衣装もかなり世俗的。神を血の通った人間として描いた、とてもルネサンスらしい作品です。

これまでにない試みを続ける、世界唯一の美術館として。

原画を所有する国の旗がはためく正面玄関。入館チケットを購入したら、まずエスカレーターで地下3階へと上るかたちになる。大塚国際美術館の展示スペースの大半(地下3階から地下1階)は、山の中に設けられているのだ。
地下1階の「陶板紹介コーナー」では、大型陶板の製造工程や、絵画を陶板に再現するための技術などをパネルで解説。「美術陶板」の制作は、原画の著作権者や所有者の許諾を取得したのち、度重なる現地調査や原画撮影を経てからスタートする。

大塚国際美術館の正面玄関には、1000点を超える展示作品のオリジナルを所蔵している国の旗が掲揚されています。大塚製薬をはじめとする大塚グループの創立75周年記念事業として、大塚国際美術館がオープンしたのは1998年3月のこと。当時の取締役相談役であった故大塚正士さんが、地元の鳴門市に恩返しをと考え「世界の名画を鑑賞できる美術館をつくりたい」と思ったことが始まりでした。

西洋の名画を原寸大の陶板に再現するのは世界でも例のない試みでしたが、グループ企業の大塚オーミ陶業の特殊技術によって、大型の美術陶板や写真陶板の制作に成功していたことが、計画を大きく前進させたのです。地下1階の「陶板紹介コーナー」では、「陶板名画」ができるまでの工程の解説や、名画の他にも国内のどんな場所に大型陶板が使われているかなどを紹介しています。

色鮮やかな芝生が広がる1階の屋上庭園。眼下を眺めると、鳴門のうずしお観光船の船着場も確認できる。
地元の新鮮な食材を使ったメニューが人気の「レストラン・ガーデン」。名画にちなんだオリジナルメニューの開発も定期的に行われている。ワインかぶどうジュースが選択できる「最後の晩餐」¥1,800

延べ床面積約9000坪という、とにかく広い大塚国際美術館。作品鑑賞の合間には、屋上庭園やレストラン、カフェでひと休みしたいもの。芝生の緑が目にも心地よい1階の屋上庭園は、リフレッシュするには絶好のポイントです。

同じく1階の「レストラン・ガーデン」でのお楽しみは、名画にちなんだオリジナルメニュー、その名も「最後の晩餐」です。いわずと知れたレオナルド・ダ・ヴィンチの名作壁画をもとに、阿波黒毛和牛のステーキ、鯛のグリル、わかめ、レンコン、鳴門金時芋など、地元徳島の食材を活かした料理が皿のキャンバスを彩っています。

またクロード・モネの『大睡蓮』が屋外展示されている池を眺める場所にある、地下2階の「カフェ・ド・ジヴェルニー」では、スイーツやカフェメニューでひと息つくことも。なにしろ1000点以上の名画が集結した美術館ですから、次はどんな“名作メニュー”が登場してくるのか楽しみです。

地下2階にあるクロード・モネの『大睡蓮』の屋外展示。池の内側をぐるりと取り囲むように、絵画が円形に設置されている。
右:阿波特産のサトウキビからつくる和三盆糖を用いた高級砂糖菓子。「ムンク阿波和三盆糖」¥756 左:絵はがきサイズの「ミニ陶板」は開館以来の人気アイテム。額なし¥2,500、金色額付き¥3,240、木目調額付き¥5,400

名画にちなんだオリジナルアイテムといえば、ミュージアムショップの充実ぶりも見逃せません。特に大塚国際美術館では、できるだけ地元の特産物とのつながりを活かしたいという思いで、新製品の開発に力を入れています。今年8月に発売された「ムンク阿波和三盆糖」では、エドヴァルド・ムンクの名作『叫び』でお馴染みの絵柄と徳島名物「阿波の和三盆糖」のコラボレーションが実現。発売直後から、毎日売り切れ続出の人気商品となっています(1日30箱数量限定、店頭販売のみ)。地下3階にある環境展示『スクロヴェーニ礼拝堂壁画』の天井をイメージした青色のコンペイトウ「スクロヴェーニ礼拝堂 星空コンペイトウ」も、地元企業の協力を得て開発されたものです。

また館内では、ガイドによる展示解説だけではなく、来館者がさまざまな角度からアートを楽しめる試みが企画されています。たとえば名画に潜む怖さに注目した「怖い絵ツアー」(不定期開催)や、「#アートコスプレ・フェス」(好評につき会期延長、10月29日日曜まで開催)と題して名画と同じ衣装を着て登場人物になりきる体験など、これまでにない新たなアプローチでアートに接する企画が満載。この秋、楽しみながら美術史を学ぶ、アートを巡る大人の旅に出かけてはいかがでしょうか。

大塚国際美術館
住所:徳島県鳴門市鳴門町 鳴門公園内
開館時間:9時30分~17時(入館券の販売は16時まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌日。1月は正月明けに連続休館、その他特別休館あり。8月は無休)
入館料:一般¥3,240、大学生¥2,160、小・中・高校生¥540

●問い合わせ先/大塚国際美術館 TEL:088-687-3737
www.o-museum.or.jp