【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.5 時代を超えて、ふたたび時を刻む伝統の機械式。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

“ 究極のクオーツウオッチ” として高い評価を得たグランドセイコー。しかし再び、次世代の”機械式”を目指すべく、プロジェクトを発足します。「機械式腕時計の新たな基準を作る」という情熱の物語をひも解きます。

新時代の時を刻むべく、機械式GSがついに復活。

左:1998 年に発売された機械式腕時計「クレドール クロノメーター パワーリザーブ」。スイス・クロノメーター検定に合格した、Cal.4S79 を搭載。文字板の右部に「CHRONOMETER」の表記があります。右:機械式グランドセイコーの復活第一弾として、クロノメーター規格を超える「新GS 規格」をクリアして98 年に誕生した「SBGR001」。

1993 年に発売された9F クオーツ搭載のグランドセイコーは、“ 究極のクオーツウオッチ” として高い評価を得ました。しかし、社内には機械式腕時計への情熱を燃やし続ける人たちも存在し続けたのです。すでにスイスの時計メーカーたちは高級機械式腕時計によって人気を回復しはじめ、91 年のセイコーの創業110 周年を記念して92年に数量限定で発売された薄型機械式モデル「U.T.D.(Ultra Thin Dress)」も大好評を博していました。高級機械式腕時計への注目は、年を追うごとに高まる状況だったのです。

しかし当時のセイコーの設計者は新型クオーツムーブメントの開発に注力しており、機械式に人員を割くことはできない状況でした。そこでマイクロフィルムに残された古い設計図面を紐解きCAD データに置き換えることを試みました。しかし、古い設計図面に記された数値・寸法は、最新のCAD データには適用できないことも多かったうえ、新型機械式ムーブメントの新規開発のノウハウも薄く、既存のムーブメントを改良することが第一目標となったのです。

ベースムーブメントとして選ばれたのは、1970 年代にキングセイコーに搭載され活躍した52 系ムーブメントでした。毎時28,800 振動の8 振動仕様、カレンダー付きで3.9㎜厚。当時の日本クロノメーター検定協会からクロノメーター認定されていた高性能ムーブメントです。

Cal.4S35 と命名されたムーブメントは、格段に進化した生産技術を駆使して92 年に完成しました。自動巻に加え、カレンダー機能も備えながらムーブメントの厚みは4㎜という薄型化に成功しましたが、これはあくまでも“ 国産機械式腕時計復活” の序章に過ぎません。グランドセイコーに搭載するためには、圧倒的な高精度化、高品質化が必須でした。しかしここには大きな自己矛盾もはらんでいたのです。そもそもグランドセイコーは、高精度を旨としています。となれば、高精度機械式ムーブメントなど必要なく、年差クオーツムーブメントを搭載したグランドセイコーによってその目標はすでに達成していたのです。

それでも最後は情熱が勝利しました。グランドセイコーは、“ 伝統と革新” を体現する腕時計。そのためには機械式のグランドセイコーを復活させる必要があると判断され、ついにプロジェクトが開始したのです。


国産機械式腕時計復活の礎(1971年 キングセイコー)

1971 年に発売された「キングセイコー クロノメーター」。毎時28,800 振動の8 振動仕様で、当時の日本クロノメーター検定協会からクロノメーター認定されました。


復活を宣言した薄型自動巻ムーブメント(1992年 セイコー)

10 年ぶりに生産再開された薄型機械式ムーブメントを搭載。シースルーバック仕様で、機械式ムーブメントCal.4S35 の動きを見て楽しむことができます。


創業110 周年を彩った、機械式の限定モデル

1992年 U.T.D.(Ultra Thin Dress)

68 系極薄手巻ムーブメントを搭載し、1991 年の創業110 周年を記念して製作された「U.T.D.」。イエローゴールドケース仕様とホワイトゴールドケース仕様が発売されました。

※掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

高精度とともに、新たな価値を提案していく。

所有する喜びを提案する、2つのデザイン。

1998年 クラシカル 9S51

初代グランドセイコーを目標にデザインされた、クラシカルなモデル。ケースは18K で、カレンダーはなし。デュアルカーブ型のサファイアガラスを使用していました。

1998年 コンテンポラリー 9S55

グランドセイコーのデザインを革新し、現代的に表現しているモデル。ケースが厚くなった分、究極の研磨技術を駆使して、三次曲面も歪みなく磨きあげました。

機械式のグランドセイコーを新規開発する以上、スイス機械式腕時計の精度基準であるクロノメーター規格を超える精度を実現するのが、最低限のハードルでした。まずは、既存の4S 系ムーブメントに入念な調整を施し、1996 年にスイスのクロノメーター検定協会の認定テストに提出。4 個中3 個が合格となります。これによってセイコーの機械式腕時計技術が鈍っていないことが証明されたのです。次はさらに特別調整を施したムーブメントを500 個製造し、これらもスイス・クロノメーター検定に合格しました。これらを搭載したモデルをクレドールブランドから1998 年に発売。この500 本は大好評のうちに販売され、高精度機械式腕時計の価値にあらためて気付かされたのです。

しかし、まだ問題は残っていました。この4S ムーブメントのポテンシャルでは、クロノメーター級までしか精度を実現できないので、その上を目指すグランドセイコーには搭載できなかったのです。98 年に制定された新GS 検定は、平均日差が− 3 ~+ 5 秒(クロノメーター基準は− 4 ~+6秒、以下同)、検定姿勢は6姿勢(5姿勢)、検定日数は17 日(15 日)というもの。グランドセイコー専用の新規機械式ムーブメント「Cal.9S」の開発では、この非常に厳しい基準のクリアが必要でした。

その際に役立ったのが3D-CAD システムの活用でした。実はこれを当時のセイコーインスツルメンツが開発しており、いち早くムーブメント開発に取り入れることができたのです。過去の設計資料を参考に歯車の形状の検討や輪列のシミュレーションなどを行い、さらにこのデータを活用してプロトタイプの製作もスピーディに進めることができました。調速機も新たに開発され、ひげぜんまいの形状も特殊な内端カーブを採用することで、GS の名に値する高精度が実現したのです。同時に、“ 所有する喜び” を感じるデザインを目指して、「クラシカル」と「コンテンポラリー」と名づけた2 つのスタイルが考案されました。

そして1998 年、ついに完成した9Sムーブメントを搭載する2 モデルが発売。それは高級機械式腕時計の市場に、グランドセイコーが帰還した瞬間でした。

Cal.9S5 系では新型の調速機を搭載。さらに外観も美しく仕上げられており、ブリッジや回転すいには美しい波目模様が施されています。(写真はGMT 機能付きのCal.9S56)


COLUMN 幻のクロノメーター表示モデルとは?

20 数年ぶりに復活する機械式9S 系グランドセイコーの開発にあたっては、当初はスイス・クロノメーター規格を採用する案もありましたが、1960 年代に制定されたGS 検定をさらに厳しい基準とした新GS 検定を制定して、矜持を見せることになりました。そのため、開発初期段階では初代グランドセイコーと同じ書体で“Chronometer” と記したプロトタイプも製作されていたのです。

さらに進化していく、新たなる伝統。

「ついにグランドセイコーに機械式が戻ってきた」という思いから、復活当初は過去のモデルと比較する人も少なくありませんでした。しかし“ グランドセイコーとは伝統と革新を追求する時計である” というメッセージがユーザーにも理解され、現代的に進化した機構やデザインに対して、共感する人は多かったのです。

クオーツ式に比べると、ムーブメントサイズの関係でケースはどうしても厚くなってしまいますが、そのボリューム感を活かしたディテールにこだわり、さらには美しい磨きの技術を高め、防水性能も10 気圧防水に進化。復活した機械式グランドセイコーは、たくさんのバックオーダーを抱えるほどの人気を得ることになります。

伝統に敬意を払いつつ、革新を進めたグランドセイコーは、過去の名声をも乗り越えて、日本製高級腕時計の象徴となりました。

そしてその後も研鑽を重ね、現在のグランドセイコーでは、3 日巻きのCal.9S65 や10 振動のCal.9S85、さらにはGMT 機構つきなどの機種を展開中。9S ムーブメントの精度と品質はスイス勢を凌駕しており、グランドセイコーの実力を世に示しています。

Grand Seiko SBGR251

1998 年の機械式復活第一弾モデルのデザインを継承するマスターピース。シルバーダイヤルを軸にモノトーンでまとめ、オンからオフまであらゆるシーンになじみます。ムーブメントは3日間連続で駆動するCal.9S65 を搭載。裏ぶたはシースルーバック式なので、その美しい姿も鑑賞できる仕様。自動巻、ステンレススチールケース、ケース径37.0mm、400,000 円+ 税

※掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.5 時代を超えて、ふたたび時を刻む伝統の機械式。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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