テート・モダン内のサウス・タンクで開催されたオープン ステュディオのダンスパフォーマンス。© ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York
オム プリッセ イッセイ ミヤケ(HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE)は9月16日、英国ロンドンの現代美術館テート・モダン(TATE MODERN)内にあるサウス・タンク(South Tank)で、「オープン ステュディオ」を開催した。
この取り組みは、同ブランドのデザインチームが世界各地を巡り、その土地の文化的背景に触れながら、服づくりの過程と成果を発表していくもの。2025年6月、フィレンツェのピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)での初回に続く第2回は、テートとの協業のもとに構想された。
出発点となったのは、テートが所蔵するアンリ・マティスの『かたつむり』だ。この作品を創造の源流に、デザインチームはカプセルコレクションを制作し、衣服と身体、空間が相互に作用するプレゼンテーションを、ドレスデン・フランクフルト・ダンス・カンパニー(Dresden Frankfurt Dance Company)によるダンスパフォーマンスとともに発表した。
『かたつむり』は、マティス晩年を代表する一作だ。マティスは以前から、制作の過程で切った紙を用いて構図を検討していたが、1940年代に入ると、アシスタントがガッシュ(不透明水彩)で着彩した紙を自らはさみで切り、構成する手法を独自の表現へと発展させていった。やがてそれが主要な制作手法となり、病によって身体的な制約が増すなかでも、表現が深められていった。その成熟したかたちのひとつが、1953年の『かたつむり』だ。かたつむりの殻に見た螺旋の構成を鮮やかな色面の配置へと昇華し、色彩の対比とリズムによって、画面全体に大きなうねりを生み出している。
2025年、テートを訪れたデザインチームは、約2.9メートル四方という実作の圧倒的なスケールを目の当たりにし、「色面がいまなお動き続けているのではないか」という直感を得たという。
「色面をかたつむりの殻のように捉えて、そのひとつひとつが衣服になったらどうなるだろうと考えました。人が殻の中から現れ、また中へ戻っていく。そんなイメージが浮かんだのです」
その後デザインチームは、マティスが制作の拠点とした南仏ニースにも足をのばし、作品が生まれた土地の空気と、そこに残る制作の痕跡を丹念にたどった。なかでも大きな示唆を与えたのが、マティスが晩年を過ごした旧ホテル・レジーナ(Hôtel Régina)で撮影された当時の記録写真だ。壁を覆う色とりどりの切り紙と、マティスの足元に散らばる無数の断片。その制作風景は、チームに深い印象を残した。
「幾度も切り紙を動かし、配置を組み替えながら色とかたちの関係を探った試行錯誤の痕跡。それはきっと既存の枠組みからはみ出そうとする意思であり、自由でもあると思うんです。その解放感や生命力を、私たちの発表の場にも呼び込みたいと考えました。その時、通常のファッションショーという形式では、伝えたいことを届けきらないのではないか、という予感がありました」
マティスの『かたつむり』を構成する切り絵の形を、一つひとつ忠実にかたどったプリーツの衣服。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York
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目が合っている間のみ生じる、一対一の即興ダンス
「それぞれの切り絵を衣服にして動かすこと」。シンプルで大胆な発想が、この日限りのダンスパフォーマンスにもつながっている。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York平面上に定着した色とかたちを、身体を介して立体的にひらいていく。その構想のなかで出会ったのが、ヤニス・マンダフニス(Ioannis Mandafounis)率いるドレスデン・フランクフルト・ダンス・カンパニーと、空間デザイナー/セノグラファーのデニス・ファンデルブルーク(Dennis Vanderbroeck)だった。
三者がリサーチの起点としたのは、マティスが「なにを」つくったかではなく、「どのように」つくったか。身体的制約があるなかアシスタントたちと密に協働しながら『かたつむり』を生み出した、その協働の行為そのものを、今回のパフォーマンスへと重ねていった。
本番は80分ほどにおよび、始めに来場者がテート・モダン展示室で『かたつむり』を鑑賞した後、16名のパフォーマーが約50分にわたり、身体を通して作品世界を立ち上げていった。会場のサウス・タンクは巨大な白い円形空間へと姿を変え、湾曲する壁沿いにベンチが配され、内側にはひとり掛けの椅子が点在する。床一面を覆うフェルトの下には、幾重もの衣服が息を潜めていた。
ダンスパフォーマンスという形式を採り、即興的な振付と没入感のある空間を通して、「アートと衣服デザインの繊細な関係性を捉えた」とデザインチームはいう。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New Yorkパフォーマーたちはフェルトをめくって衣服を露わにしながら、観客をひとり掛けの椅子へと導いていく。マンダフニスが2015年に創作した「ワン ワン ワン(One One One)」を核とする今回の演目は、椅子に着席した観客とパフォーマーが視線を交わすことで始まり、目が合っているその間だけ、一対一の即興的なダンスが繰り広げられる。見る者と見られる者という一方向の関係が揺らぎ、観客もまた、その場で生まれる出来事の一部となっていく。
会場の各所で複数のセッションが重層的に進行するなか、パフォーマーはフェルトの下から次々と衣服を取り出し、身に纏っていく。動きとともに表情を変える衣服は、やがてひとりの身体を離れ、別の身体へと手渡されながら空間を巡っていく。色とかたちが人から人へと移り、そのつど異なる関係を結んでいく光景は、アトリエのなかで切り紙の断片を幾度も動かし、配置を探り続けたマティスの制作の時間、呼吸を想起させた。
中央のフェルトの床からあらわになった、プリーツの衣服で再構成した実物大の『かたつむり』。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New Yorkフィナーレでは、中央を覆っていたフェルトが取り払われ、『かたつむり』を構成する色面の形状をなぞったプリーツの衣服による、ほぼ原寸大の構成が姿を現した。絵画というひとつの像として見ていたものがほどかれ、身体を介して動的で立体的に編み直されていく。その変容を、目の前で身をもって感じ取った。
パフォーマーとの一対一のダンスを体験する観客は、「TAKE A SEAT」と記された椅子(写真右)に腰掛ける。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York発表後、デザインチームは「最初に得た直感が、最後まで揺らぐことなくかたちになった」と振り返った。
「プリーツを纏う心地のよさと歓び。誰が着てもその人らしく馴染み、心を弾ませる衣服。オム プリッセ イッセイ ミヤケが大切にしてきた本質を、マティスをめぐるリサーチのなかで改めて呼び覚まされました。始まりから終わりまで『かたつむり』という一作と向き合い続け、すごくピュアにものづくりを行うことができたと思います」
『かたつむり』をモチーフにし、作品の色合いを忠実に再現した今回のカプセルコレクションは、通常のシーズンに比べ型数・色数を絞り込み、製品のプリーツにもほとんど後加工を施していない。要素を削ぎ落としながら『かたつむり』という一作と向き合い続けた制作の日々は、結果としてブランドのものづくりの原点をより明瞭に浮かび上がらせるものとなった。現在、テート・モダンのテラス・ショップおよび同館オンラインストアにて限定販売中で、2027年1月からは、日本国内およびロンドンのHOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE取扱店の一部でも販売される予定だ。
カプセルコレクションより、『かたつむり』のカラーパレットを再現した丸首長袖トップ。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York「オープン ステュディオは形式を決めていないからこそ、その場所で出会ったもの、感じたことを自由に表現できます。必ずしも服づくりだけにとらわれる必要はありません。ブランドが大切にしてきた歓びを、これからもより多くの人に届けていきたい」
ブランドの本質を携えて、デザインチームはこれからも独自の探求を続けていく。
円形の空間に残された「着られる切り絵」。紙片が散乱するマティスのアトリエの情景を想起させる。 © ISSEY MIYAKE INC. © 2026 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York
イッセイ ミヤケ
TEL:03-5454-1705 www.isseymiyake.com