マセラティのデザインといえば、スポーツカーでも過激になりすぎず、オーセンティックなエレガンスを感じさせるのが特徴といえる。
マセラティ車の美を支えるのは、「高度な技術を持ったイタリアのクラフツマンシップ」と語るのは、クラウス・ブッセ氏。

伊モデナにあるマセラティのチェントロスティーレ(デザインセンター)でヘッド・オブ・デザインを務めているブッセ氏は、デザインに対する慧眼ぶりでも知られる。
「マセラティのデザインはだいたい20年周期で大きく変わってきています」
ブッセ氏が指摘するのは、1950年代から60年代のマセラティ製GTがもっていたクラシカルな曲線美、そのつぎのエッジが効いたウェッジシェイプ、という過去の歩み。
「あたらしい時代がまもなく幕を開けようとしています」
2026年7月おわりにイタリアで、グレカーレ、グランカブリオ、グランツーリスモの改良版のメディア向けテストドライブが実施されたタイミングで、ブッセ氏にデザインの行方を聞いた。

「今回のフェイスリスト(上記3台)でマセラティのいまのデザインは完結したことになります。10月に開催されるパリ自動車ショーで、次の世代を公開する予定です」
これからの自動車デザインはどんな方向を目指すのだろうか。
「よくインスピレーションという言葉が使われますが、ほかのプロダクトからインスパイアされるなんて意味がないです。4年前に誰かが考えたものなど、参考にならないですから」

ブッセ氏はマセラティに入る前、米ジープでインテリアデザインを統括していた。そのときの話が興味深い。
「私が入ったとき、ジープのデザインボードは、さまざまなプロダクトの写真で埋め尽くされていました。ラルフローレンの服もありました。そこで私は、他の人間が手がけたものに影響を受けていてはいけない、と告げたのです」
ブッセ氏が、そんなデザインボードは廃棄して、かわりに、集めてきてもらいたい、とデザイナーたちに告げたものがある。
「もっともアメイジングだと思う風景を見せてほしい、と言ったんです。数日でデザイナーたちはさまざまな写真を持ってきました。なかでひとつ印象に残ったのが、グランドキャニオンでした。そこでなぜこの景色に惹かれるのかを私たちは議論したんです」
結論はたいへんおもしろい。

「グランドキャニオンの美は、クロームがないからだ、と結論づけました。しかも、夕焼けになると、赤茶色の岩と川の反射がたいへん美しい。そこで私たちは、カパー(銅)を車体に採用し、同時にクロームパーツを取り除くことにしたのです」
カラーは、マセラティにおいても、クオリティと密接に結びついている、とブッセ氏。ポケットから自分のiPhoneを取り出して「MCプーラ」の画像を呼び出した。
特別注文のモデルだそう。フロントの上面は、側面と違うカラー。エンジンはフロント搭載ではないため、カーボンファイバーが貼ってあるように見える部分はボンネットではない。
「こういう仕上げのとき、往々にしてステッカーを使うんです。でも私たちは、すべてペイント。異素材が一部使われているように見えても、繊細な感覚の指で触れても厚さの違いはわからない。トリノの工房に依頼したのです。イタリアにはすぐれた技術をもった工房がまだたくさんあるのです」

伝統と革新、マセラティはつねにこの2つを大事にしてきたという。
「1950年代にはとてもエレガントで、私たちがフュースラージ(航空機の胴体など)シェイプと呼ぶ3500GTを手掛けていました」

「60年代には、ジョルジェット・ジュジャーロ氏の傑作である低い車体のギブリ、そして70年代に入るとウェッジシェイプのボディとミドシップエンジンを特徴としたボーラ、と続きます」
「そして石油ショックを抜けた80年代にはビトゥルボやシャマル。さらに90年代にはジュジャーロ氏が3200GTを手がけてくれました」
911やジープのように「だんだんと進化するデザイン」とマセラティは無縁だとブッセ氏は言う。
「私はメルセデス・ベンツのあと米国のジープで働き、2015年にいまのポジションを得てイタリアに来ました。そのとき、ジュジャーロ氏に会えたので、あなたにとってイタリア・デザインってなんでしょうか、と尋ねました」
多大な功績ゆえ、イル・マエストロ(巨匠)と、自動車デザイン界において、敬意を込めて呼ばれるジュジャーロ氏は、ていねいに考えを述べてくれたそうだ。
「端的に言ってしまうと、そのときベストと思っていることをやることだ、でした」
それでブッセ氏がすぐ思い出したのが、1950年代のマセラティデザインだった。
「当時のサイドウインドウは平面ガラスでした。車体はショルダーを設けないとウインドウが下がらなかったんです。マセラティはそんな(ショルダーを持った)車体デザインに飽きていて、そこでカーブドガラスをオーダーしたんです。はたして、断面でみると、ルーフからボディ下部まできれいな弧を描く車体デザインが実現できたんです」

結果は「世界でもっとも美しいクルマ」(ブッセ氏)の誕生。1966年のギブリだ。
「そのとき最善を追求することが、私たちのDNAなんです」
いま、マセラティは、新しい時代に入りつつある。それでも「走る彫刻」ともいえるマセラティ車のデザインDNAを守ることが重要で、かつ、もうひとつ意識していなくてはならないことがある、とブッセ氏。
「走る彫刻というのは、先進的なテクノロジーを使っていても、それを見せないデザインのことです。たとえば、MCプーラは、おおきなウイングをつけませんでした。エンジニアは、車体全体がウイングと同じ働きをするよう設計してくれました」

マセラティ・ブランドに強いイメージを抱きつづけている顧客もいるが、「そのときの最善」こそが、同社のデザインの本質、ということだ。
「時代の価値観は速い速度で変わっていっています。たとえば、北ヨーロッパのマーケットのためには、すばらしく美しいんですけど、これみよがしのアグレッシブなデザインは好まれないんです」

ひとつだけ、変わらずブッセ氏の中に残っているマセラティ像があるという。
「私がマセラティのことを考えるとき、常に連想するものがあります。(イタリアの酒造会社の)マルティーニが90年代に制作した、シャーリーズ・セロンの出ているコマーシャルビデオ『The Martini Man』のカッコよさです」
あれが私が大好きなイタリア。と、マセラティのデザインを統括する男、クラウス・ブッセ氏は言うのだった。こういうところが、マセラティの魅力になっているのかもしれない。
「The Martini Man」のかつての作品もオンラインで視聴できるので、探してみてください。ブッセ氏の言わんとしていることがわかるかも。

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