【『夜なのに夜みたい』】日々のささやかな時間に宿る、詩情を書き留めた一冊

  • 文:辻山良雄(書店Title店主)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『夜なのに夜みたい』

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岡野大嗣 著 集英社 ¥1,870

 「アディショナルタイム あなたが雑踏に紛れて粗い画素になるまで」(P.65)

 通常、私たちは時間のことを1秒は1秒で、いつも決まった長さが流れる基準のようなものだと考えている。

しかし同じ時間でも、生涯に何度も思い出す永遠のような瞬間があるかと思えば、5分後にはもう忘れてしまっている時間だってある。だから時間は決して同じではない。そして時空が伸び縮みしたその隙間に、書かれることを待っているがある。

 歌人・岡野はそのように、「等分」だった時間が永遠へと変わる瞬間を、短歌と散文で書き留める。かつて彼自身が使った言葉を用いれば、それは世界に「天使」が舞い降りた瞬間と言えるだろう。

しかし天使はただ微笑むだけだ。その瞬間は誰の周りにもあるけれど、余りにもささやかなものだから、次の瞬間には上書きされて、見えなくなってしまう。歌人はそのことを惜しみ、みなの代わりに歌っているのかもしれない。

 実際、岡野には「そう言えば、私もそう感じていた」と思わせる歌が多い。そうしたなんでもない時間の集積が、その人自身をかたちづくる。あとから振り返ってその人を温めてくれるのは、きっとそうした光景だ。

 本書にはこれまでの作品以上に、彼自身の「肉体」が刻まれているようで興味深い。マニュアルの軽トラを、荒くれ馬を乗りこなすように手なずけたかと思えば、ふと薄い問題集を解きたくなり、(大人だが)問題がひしめき合う本を手に取ってしまう。答えを書き込む快楽に言葉を与えた人は、私の知る限りにおいて彼が初めてだ。

 この本に触れている間はなぜだかずっと寂しくて、だが奥底には「生」への愛おしさも感じられる。読む人の生活を豊かにしてくれる本だと思う。