オアシスのリアム・ギャラガーが惚れた、“誰にも教えたくない”日本ブランドとは【大人の名品図鑑・番外編】

  • 文:小暮昌弘
Share:
jp0251503-2025_02_25_1269.JPG

オアシスは言うまでもなく、英国を代表するロック・バンドだ。1991年に結成され、94年にメジャーデビューすると、瞬く間に世界中を熱狂させ、「ビートルズの再来」と称されるまでになった。バンドの中心となるのは、ギターとソングライターを務める兄ノエルと、ボーカルと担当する弟リアムのギャラガー兄弟。この2人、素晴らしい曲をつくり歌うが、プライベートでは仲が悪いことでも知られ、喧嘩が絶えなかった。そんなこともあり、2009年にノエルが脱退を発表。オアシスは惜しまれつつ解散してしまう。

しかし2024年、突如として再結成を発表。2025年にはワールドツアーをスタート、10月の末には2009年以来、実に16年ぶりとなる来日公演が東京ドームで2日間にわたり開催される。ノエルとリアム・ギャラガーは、音楽だけでなくファッションアイコンとしても知られている。『オアシス 不滅のロック物語』(小川智宏著/ハヤカワ新書)にはこうある。

「着飾ることもなく、ボロボロのジャージやシャツを着て、『リアル』なままにステージに上がった五人は、大げさにいえばマンチェスターに暮らすワーキング・クラス、あるいはアイルランド系住民たちの夢を体現していた。(中略)だから彼らはまっすぐビッグになることを目指したし、周囲が何を言おうとも決してブレることはなかった。オアシスは最初からオアシスで、いつまでもオアシスのままいられたのである」

アディダス、アンブロなどのスポーツウエアや、パーカ付きのアウターやデニムジャケットなど、デイリーウエアでステージに立つ彼らの姿は、まさにオアシス・スタイルの象徴だ。私がPen Onlineで担当している「大人の名品図鑑」でも語り尽くせないほど、彼らのアイテムは多い。今回はその番外編として、ほとんど知られていない、弟のリアム・ギャラガーに愛された日本ブランドの話を紹介したい。

IMG_5051.jpg
左:リアム・ギャラガーがステージでヒピハパのアウターを着用している写真。右:ロンドンの名所のひとつ、コベントガーデンにあったヒピハパのオンリーショップの写真。
IMG_5054.jpg
リアムが着たアウターは現存しないが、生地はまだ加賀さんの手元に残っている。このアウターの裏地に使われているメッシュ素材を表地に採用したアウターをリアムは購入した。

ステージで着用した、日本ブランドとの出会い

リアムが購入し、実際にステージで着用したのは、日本のブランド、ヒピハパ(Jipijapa)のアウターだ。ブランドの創設は1992年。名前の由来は、パナマ帽の素材として知られる南米エクアドル産の葦(あし)のスペイン語読みからきている。デザイナーは加賀清一さん。20代で専門店のバイヤーになり、世界各地を回って、1980年頃から服をデザインするようになった。ヒピハパは「普通だけど、ちょっと面白い」をテーマに、個性溢れる服づくり続け、専門店や百貨店などで展開してきた。海外にもコレクションを販売、英国ではハロッズ百貨店や有名専門店のブラウンズなどで展開。リバティ百貨店ではコーナーが儲けられるほどの人気だった。

2000年から03年までは同じロンドンのコベントガーデンにオンリーショップを構えており、そこにふらりと立ち寄ったのが、リアム本人だった。近くに行きつけのザ・ダファー・オブ・セントジョージのショップがあり、そこに行く前後に立ち寄ったのだろう。店に並んでいた英国製メッシュ素材を使ったパーカを試着したリアムに、スタッフの近藤さんは3と書かれたサイズを薦めたが、リアムはひと回り大きい4を購入した。ところが数日後、本人が再び来店し、「君の言っていたことが正しかった」と3に交換したという。リアムはその後も何度か店を訪れ、気に入ったアイテムをいくつか購入。「この店のことは誰にも教えたくない」とつぶやきながら帰っていったそうだ。相当ヒピハパが気に入ったのだろう。

デザイナーの加賀さんは、リアムがそのアウターをステージで着ている映像をYouTubeで偶然見つけたと話す。「彼らはアイドル的にウケたのではない、本当にカッコいいアーティスト。そんな人に着てもらえて、本当に嬉しかったですね」と笑顔で語っていた。

20250222_Yamagi6116.jpg
モデル名は「3レイヤードルマンスリーブジャケット」。雨や雪、風よけのための仕事、あるいは旅の装束として使っていた日本古来の雨具「茅みの」をそのままスキャンし、最新の3レイヤー素材にプリント。両脇のポケットや身幅調節できる脇下のコードなど、機能面も充実。右は歌舞伎の衣装ようにつくられた「茅みの」。¥102,300/ヒピハパ

“いま”と“むかし”を融合した、進化形ジャケット

残念ながらリアムが購入した当時のアウターはもう残っていないが、ヒピハパの服は、今も当時のコンセプトを受け継ぎながら、より進化したデザインを展開している。その代表作が「3レイヤードルマンスリーブジャケット」。日本伝統的な雨具「茅みの」をスキャンし、透湿防水性の高い3レイヤー素材にプリント。“いま”と“むかし”を融合させた現代版「茅みのジャケット」である。裾に向かって広がるテントシルエット、首元に立体的に立ち上げるフード——まさにリアム・ギャラガーが好んでステージで着ていたパーカのようだ。リアムがこのジャケットを見たら、きっと絶賛するに違いない。

20250222_Yamagi5827.jpg
20250222_Yamagi5917.jpg
モデル名は「ブライトンビーチジャケット」。2WAY仕様のリバーシブルジャケットで、ライダースジャケットを裏返して着用すると、コート丈のモッズコートになる。両面とも撥水性のあるナイロン素材を使用、スタイルに合わせた着こなしが可能。¥102,300/ヒピハパ

もうひとつの注目作が「ブライトンビーチジャケット」。1960年代、英国のブライントンビーチで起きた、ロッカーとモッズの抗争「スタイル・ウォー」に着想を得たリバーシブル仕様のアウターである。ライダースジャケットを裏返すと、着丈の長いモッズコートに変身するという驚きのデザイン。リバーシブルでシルエットまで変わるアウターなんて、ほかでは見たことがない。「パタンナーさんから“できない”と言われると、ゾクゾクするんです」と笑う加賀さん。誰もやっていないもの、見たことがないもの——それこそがヒピハパの服づくりの原点だ。そのスピリットを感じ取ったからこそ、リアム・ギャラガーもこのブランドを「誰にも教えたくない」とつぶやいたのだろう。

なお、この取材時に収録をしたPodcastも公開中。加賀さんに加え、オアシス好きで「大人の名品図鑑」担当のスタイリスト井藤さんも出演し、オアシスやヒピハパについて、さらにディープな話を聞くことができる。

YAMAGII store showroom

https://yamagii.jp

 

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。