【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『トピーカ・スクール』

ベン・ラーナー 著 川野太郎 訳 明庭社 ¥3,190
日本人はディベートが苦手だと言われる。だからこそ「論破」という言葉が流行ったのだろう。ただ相手を打ち負かすことが目的なら、なるほど必勝法はあるのかもしれない。
それで言ったら本書の主人公、高校生のアダムは論破の達人だ。1997年のカンザス州トピーカ、競技ディベートで優勝したアダムは、家庭内でもその技法を炸裂させる。母親が「あれ片付けて」と言おうものなら「なぜそれをやらなければならないのか」、怒涛の反論で応酬してみせる始末だ。しかし彼はある日、自分の言葉の暴力性に気づく。
勝つための言葉がはびこったらなにが起こるのか。私たちはいま、目の当たりにしている。言ったもん勝ちで虚言がまかり通り、決して負けを認めない人間が横行する現実を見せつけられている。だからこそアダムの違和感の行方に惹きこまれるのだろう。言うなれば、この物語の本当の主人公は「言葉」だ。アダムにとって言葉は他者にうち勝ち、支配するためのものだった。しかしそれは彼を孤立させ、孤独にする。一方、アダムの父親で臨床心理士のジョナサンの言葉は他者との関係性を拓くための言葉だ。同じく臨床心理士の母親、ジェーンも自分が傷ついてきた経験を通して、支配するための言葉がなにに由来しているのかを見つめ直していく。 著者のベン・ラーナーは詩人でもある。「言葉」の在り方を通して、虚言が横行するトランプ的な価値観の起源に遡り、人と人が共存するための新しい言葉の在り方を探ろうとする。この小説はそんな根源的な革命の予感をはらんだ一冊だ。
しかもこの本を出した版元は、この本を出すためにひとりで出版社を起こし、翻訳家に手紙まで書いて刊行したっていうんだから、凄い。もうこれは読むしかない。