【世界のワイン探訪】名作映画の舞台、女性中心のファミリーが受け継ぐシチリアの名門ワイナリー

  • 文:浅妻千映子
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シチリア島最大級のワイナリー「ドンナフガータ」。ユニークなブドウ品種とエチケットで知られる。ファミリー5代目となる、ワイナリー創始者夫妻の娘ジョゼと息子アントニオ。

三角形をしたシチリア島の西部、夕陽がこの上なく美しいマルサラの街。ここに代々家族で営むワイナリー「ドンナフガータ」がある。

このワイナリーを知る人は、きっとユニークなエチケットが記憶に残っていることだろう。ワイン以外でこの名に聞き覚えのある人がいるとしたら、イタリアを代表する名作、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『山猫』の中で耳にしたのではないだろうか。

主人公のサリーナ公爵一家が毎年避暑に訪れる、あの村。若きアラン・ドロン演じるタンクレディがアンジェリカに出会い、一目惚れした土地が「ドンナフガータ」だ。だがこの地名は架空で、実のところ、マルサラから程近いコンテッサ・エンテッリーナの町が舞台となっている。

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「ドンナフガータ」の由来は“逃げた女”?

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『山猫(Il Gattopardo)』ジョセッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ作。今年、ネットフリックスでもリメイク作が話題となった。

コンテッサ・エンッテリーナには、ドンナフガータが創業した1983年当時から所有するブドウ畑がある。もともとシチリア名産の酒精強化ワインで、甘口の食前酒、マルサラ酒用の畑だった。この地の可能性にいち早く目をつけたドンナフガータが、ワインづくりへと転向した。

創始者であるジャコモ・ラッロの妻、ガブリエラ・ラッロは、もともと教師。4世代目のマルサラ生産者でワイン醸造学の専門家である夫とともに、シチリアワインを高品質なものとして確立させるという夢を抱き、ワイン醸造家の道へと進み、以来、情熱を注いで今日の大きなワイナリーの礎を築いた。

ドンナフガータという名前は、「山猫」からの縁と、ガブリエラ・ラッロの勇敢さに由来する。「ドンナフガータ」とはイタリア語で「逃げた女」を意味するが、“逆境を乗り越えて生き抜いた女性”を象徴する言葉として引用しているという。

ワイナリーは現在、創業夫妻の娘ジョゼと息子アントニオを中心に運営されている。ワインづくり転向前のマルサラ酒時代から数えて彼らは5代目。最近では、6代目となるガブリエラ・ファヴァーラも参画。ファミリーが並ぶ姿はなんとも華やかだ。

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©FrontRowSociety.net, Andreas Conrad
左が現当主のジョゼ・ラッロ、真ん中が6代目のガブリエラ・ファヴァ―ラ、右が創業者のガブリエラ・ラッロ。

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印象的なエチケットに込められた想い

ドンナフガータのワインでまず目に飛び込んでくるのが、エチケットだ。一度見たら忘れられない。いずれも地元出身の人気画家、ステファノ・ヴィターレが描いたもので、それぞれのワインの個性的な味わいを表現している。ドルチェ&ガバーナとのコラボボトルも登場するほどの人気。思わず“ジャケ買い”したくなる。

女性を中心としたファミリーに加え、ユニークなエチケットや有名ブランドとのコラボとマーケティングの巧みさにも唸るが、それらは魅力の一端に過ぎない。

ドンナフガータのいちばんの強みは、ワインそのものの味わいにある。シチリアの土着品種のポテンシャルを世界に知らしめ、同地の地位を高めたワイナリーなのである。

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シチリアにルーツを持つドルチェ&ガッバーナとのコラボボトル。国際品種のカベルネ・ソーヴィニオンとシチリアの土着品種であるネロ・ダーヴォラを中心に数種類のブドウで作られる。フルボディの果実味にスパイシーさが加わって、まろやかなタンニンの奥行きと長い余韻。大胆なブレンドの革新的な味わいが、タンクレディの生き方を彷彿させる。

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畑にある虫取りカゴ、名門ワイナリーのユニークな取り組み

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ワイナリーの地図。コンテッサ・エッリーナは、ドンナフガータがシチリアに持つブドウ畑の中で最大の面積を持ち、栽培品種も多い。ブドウ畑以外のスペースも広く、まさに緑の楽園と言える。

ドンナフガータのあるコンテッサ・エンテッリーナの畑は、絵に描いたような美しい場所。ブドウだけでなく、柑橘系フルーツやオリーブの木、センスのいい邸宅も見どころのひとつだ。

強い日差しの中、そうした豊かさに目を奪われていると、「70年代には、埃と太陽しかなかったのよ」とガブリエラ・ラッロがおおらかに笑う。彼女はいまは亡き夫とともに、想像を絶する熱量でこの農園とワインを育て、世界に羽ばたかせたのだ。

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10日前に収穫を終えた、ネロ・ダヴォラの畑。シチリア島で多く栽培される、個性のあるブドウ品種だ。

シチリアには現在70以上のブドウ品種があるが、コンテッサ・エンテッリーナの畑ではそのうち19もの品種を栽培。収穫期には約1000人で畑を歩き回り、45日から50日をかけて手摘みでブドウを収穫する。土着品種を大切にするドンナフガータだが、ジョゼはこう語る。

「この畑ではあえてシャルドネやカベルネ・ソーヴィニオンといった国際品種も栽培し、土着品種と国際品種のブレンドでユニークな味わいをつくり出しているの」

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フェロモンの香りに釣られて虫が寄ってくるという箱。このブドウに付く虫を研究しているという。

10日前に収穫を終えたネロ・ダヴォラのブドウの葉の間に、見たことのない機械を見つけた。

「毎日3時にここにどんな虫が入っているのかを集め、それに対処する方法を考えているんだ」とアントニオ。農薬を極力減らすための研究である。

品種、製法、さまざまな点で伝統と革新をミックスさせた発展は、よりよい味わいをつくるため、そしてこれからの地球のため。30年以上にわたるサステナブルへの取り組みは、もはやドンナフガータのDNAと言っていいだろう。

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これを知ったらワイン通? シチリア流のペアリング術

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アンシリアは野菜料理によく合う。よく冷やして昼下がりのアペロタイムやランチで愉しむのもお薦めだ。

数あるドンナフガータのワインでまず飲んでほしいのは「アンシリア」だ。筆者が美味しさに驚き、このワイナリーに興味を持ったきっかけでもある。名前は、コンテッサ・エンテッリーナにあった古代都市「エンテッラ」のローマ時代の呼び方に由来する。

カタラット・ビアンコ・ルチドというシチリア独自の品種を主体にした白ワイン。創業当初からのラインアップで日本でも手に入りやすい。シチリア海を思わせるミネラル感が、非常に心地よい。

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シチリアの海の恵みを味わうなら、甘口ワインを

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日本にも輸入されているソサルト社の塩田とドンナフガータの「ベン・リエ」。イタリアで一番夕日が美しいと場所として知られる観光地でもある。

ドンナフガータが位置するシチリア島は、マルサラの銘醸地としても知られる。そこに位置するのが、有名「エットーレ エ インフェルサ」の塩田。日本でも親しまれているソサルト社の塩の産地としても有名だ。

シチリアに訪れたなら、この海塩とドンナフガータの「ベン・リエ」のペアリングを楽しんでほしい。「ベン・リエ」は、火山地質の砂土壌の畑で育った「ジビッボ」というブドウからつくられたパッシート(陰干しブドウからつくる甘口ワイン)。アプリコットの香りのするフレッシュなものから、ウッディな香りのするものや熟成感が豊かなものまで、ビンテージによって味わいの幅が広い。

甘口ながら酸が綺麗でエレガントな味わいが特徴で、塩をつまみながらひと口飲むと、相反する味わいがそれぞれを引き立て合う。シチリアの美しき海と塩田。ブドウが紡ぐこのマリアージュは、秋冬の夜に特別感を与えてくれる。

日本でもレストランやスーパーなど、多くの場所で目にするドンナフガータのワイン。世界トップレベルのワイン生産量を誇るイタリアの中でも、いまやシチリア州は主要産地へと成長したが、かつてはほとんど評価されていなかった。この地の魅力にいち早く光を当て、開花させたドンナフガータの功績は、この島にとって大きい。

ドンナフガータ

www.donnafugata.it/en