パリに根づいたラーメン革命──先駆者ふたりの挑戦を紐解く

  • 写真・文:ジスマヌ・レベッカ(Pen International)
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パリでいま、ラーメン熱が広がっている。フランスの食文化と融合した「ラーメン・ビストロ」や、豚骨と鶏白湯を極めた新店舗が次々と登場。その中心にいるのは、堀海斗と三枝充。ふたりの日本人が切り拓く、新しいラーメンの風景とは。 

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堀海斗が手がける「サンジョウ(SANJO)」は、典型的なフランス的空間でフレンチ・ビストロのコードを引用し、ラーメンをゆっくりと味わう料理として提供している。

パリでラーメン店を開く、日本人ふたりの挑戦

「メンキチ(MENKICCHI)」を手がけるシェフ三枝充と、「サンジョウ(SANJO)」のオーナーである堀海斗は、フランスを席巻するラーメンブームの最前線に立ってきた。

パリにおいてラーメン店はこれまでサンタンヌ通り周辺、いわゆる「リトル・トーキョー」と呼ばれる一角に存在してきた。そんななかで2011年、三枝がフランスにやって来て、日本の有名店「なりたけ」の支店を開くと、その味やコンセプトは強いインパクトを与えた。

豚骨と脂を煮込んだスープに背脂をさらに加えた濃厚な「背脂ラーメン」の独自性もさることながら、決定的だったのは三枝が麺づくりに注いだ緻密な情熱だった。「こってりらーめん なりたけ」は長年にわたり、パリのラーメンを語る上で外せないベンチマークとなった。

その後、三枝はパリで日本料理店を複数経営する「金太郎グループ」に加わり、20年に「メンキチ(MENKICCHI)」をオープン。自家製麺を使ったラーメンはすぐに熱心なファンを獲得した。さらに、24年には「トントン(TON TON)」でなりたけの背脂豚骨ラーメンを復活させ、25年には濃厚な鶏白湯スープを掲げた「トリトリ(TORI TORI)」の2店を立ち上げている。

 

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「トリトリ」のカウンターに立つ三枝充シェフ。

 

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「トリトリ」のメニューには、鶏肉を具材にした細長い餃子など、ユニークな一品も並ぶ。

サンジョウ──フレンチ・ビストロの文脈で楽しむラーメン

一方、ファッションブランド「Commuun」の共同創設者として、長年フランスでデザイン業に携わってきた堀は、2018年に「サンジョウ(SANJO)」をオープン。ファッションを通じて培ったブランド構築の経験を生かし、「ラーメン・ビストロ」というコンセプトで日本の定番メニューを再構築した。

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「サンジョウ」の創設者でデザイナーの堀海斗(右)と、シェフの瀬島渉。

「私が注目したかったのは、フランスに根づいた“食事の作法”です」と堀は語る。「こちらでは、前菜やワイン、メインディッシュ、デザートをゆっくり味わい、家族や恋人、友人と過ごす時間そのものを楽しむ文化がある。その精神とラーメンを融合させ、新しい“ラーメン屋”をつくりたかったのです」

短時間で、一人で楽しむことが多い日本のラーメン文化とは対照的に、サンジョウはスターターとしての「前菜」や自然派を含む豊富なワインを提供する。前菜には高度な技術と和食の知識が必要なため、堀は当初から日本人チームを編成。中心に三つ星レストランで経験を積んだ瀬島渉シェフが加わり、オープン前には京都の老舗ラーメン店で半年間の研修も行った。

逆境と現地の慣習に適応する

三枝にとって、キッチンで唯一の日本人であることは、最初は大きなハードルだった。現在では、フランス人や各国出身の多国籍チームを率いている。
「最初は戸惑いもありました。それまで日本人のチームしか経験がなかったので。でも3〜5年かけて慣れれば、自然なものになりました」

いまや複数の人気ラーメン店のシェフとなった三枝は、フランスの“働き方”に馴染むのにも時間がかかったとも語る。特に不動産に関する課題は大きかった。なりたけをオープンした際も、工事の遅延は想像以上に長く、日本では考えられない事態が続いたという。日本なら、たとえ徹夜をしてでもオープン予定日を守るのが当然だが、フランスではそうはいかない。

堀もまた、同じような遅延を経験した。築数百年という建物が多いフランスでは、改装工事の最中に隠れた構造上の問題が見つかり、予期せぬ費用や遅れにつながるのだ。最大の障害は、店舗があるパリ1区の優雅な建物に住む、住民たちからの苦情だった。豚骨スープの強い香りに反発を受け、豚骨から鶏へと切り替えざるを得なかったのである。そこで瀬島がスタッフと共同で生み出したのが「鶏ポタスープ」。鶏ガラには少量の豚を加え、豚骨の深みを再現した。堀はこの解決策を「チームの技術力と和食に対する深い知識の賜物」と語る。

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鶏と豚を合わせたスープでつくる、「サンジョウ」の「鶏ポタラーメン」。

三枝は新たに始めた「トリトリ」でも、慎重に現地の市場を考慮したうえで鶏スープを選んだ。
「フランスでは豚肉を食べられない人もいます。そうした人たちにもラーメンを楽しんでもらいたくて、ハラール肉を使った鶏スープをつくりました。すぐ隣に豚骨専門の『トントン』があることもあり、鶏に特化した店にするのは理にかなっていました」と語る。

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濃厚な鶏白湯スープで仕上げた「トリトリ」の「塩スペシャルラーメン」。

流行を追いながら、独自性を打ち出す

堀と三枝は、日本のラーメントレンドを常に追い、それを柔軟に取り入れている。サンジョウでは、さらに大胆な提案も行っている。
「ラーメンはもちろん人気料理です」と堀。「でも私たちは、ストリートフードを超えて、店のアイデンティティに合うよう格上げしたかった。そのひとつが“トリュフラーメン”です」

また、フランスではまだ新しい存在である「汁なし担々麺」や、冷たいスープで提供される「冷やしラーメン」もメニューに加えている。

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魚介ダシ仕立てで提供される、「サンジョウ」の「冷やしラーメン。

「メンキチ」、「トントン」、そして「トリトリ」でも、麺は常に中心的な存在であり、スープに合わせて丁寧に調整されている。
「メンキチやトントンの麺は、豚の背脂ベースのスープに合わせて加水率を約40%にし、柔らかな食感にしています」と三枝は説明する。
「一方トリトリの麺はより細く、加水率27〜28%で歯切れのよい食感になります。鶏スープは豚ほどのパンチがないため、麺がその個性を補う役割を果たしているのです」

彼らのラーメンが、地元で愛される理由

フランスにおけるラーメンの“伝道師”ともいえる二人は、それぞれ異なる視点とアプローチを持ちながらも、地元の人々に温かく受け入れられてきた。両者の店はいずれも常に多くの客で賑わっている。
堀は「フランスのお客様は日本に比べて層が幅広く、その分スタッフには柔軟さが求められます」と語る。
一方、三枝は別の違いを強調する。「フランスのお客様は食事の最後に満足を直接伝えてくださる方が多い。日本以上にその傾向があります。“おいしかった”と直接聞けるのは、料理人にとって何よりの喜びです」。 

サンジョウでは、顧客への配慮が細部にまで行き届いている。すべては「お客様に楽しんでもらうため」に設計されており、それこそが堀の掲げる哲学だ。

「私たちの強みはブランドとしてのアイデンティティです。単においしいラーメンを出すだけではありません。人々は、この空間に身を置きたいから訪れるのです。雰囲気、メニュー、内装、スタッフの心意気──そのすべてに重きを置くことで、お客様は自然と惹きつけられます。日本では“おいしい和食を出せば成功する”と考える人も少なくありませんが、それだけでは十分ではない。顧客の忠誠心を築くには、食体験全体をデザインする必要があるのです」

フランスでのラーメン人気は衰える気配がなく、この傾向は世界的にも同様だ。その理由について、三枝と堀は一致した見解を持つ──人々を魅了してやまないのは、誰も抗えない“第五の味覚・旨味”の力だと。 

ラーメンほど、香りの複雑さと親しみやすさを兼ね備えた料理は多くない。その奥行きは、鶏ガラから豚の背脂に至るまで、旨味成分に富んだ素材を丁寧に重ね合わせることで生まれる。洗練されながらも誰にでも感じ取れるこの奥深さこそが、ラーメンが東京でもパリでも人々を惹きつけてやまない理由だろう。素朴な一杯でありながら、その濃密な味わいは国境を超えて響くのだ。  

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パリ2区、日本人街のサンタンヌ通りのすぐそばに建つ「トリトリ」。
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パリ1区、日本人街からやや外れた場所に構える「サンジョウ」。上質な客層に支持されている。

TORITORI RAMEN
住所:2 rue Cherubini, 75002 Paris
営業時間: 12時–14時30分 / 18時30分–22時(月〜木)
12時–14時30分 / 18時30分–22時30分(金)
12時–15時30分 / 18時30分–22時30分(土)
12時–15時30分 / 18時30分–22時(日)
https://kintarogroup.com/toritori-ramen/


SANJO

住所:29 rue d’Argenteuil, 75001 Paris
電話:+331 40 28 08 78
営業時間: 12時–14時30分 / 18時30分–22時15分(月〜土)
定休日:日曜
www.instagram.com/sanjo_paris