ヨシタケシンスケ「正しさよりも迷いを、世界とつながる不安を、己のために描き続ける」【創造の挑戦者たち#105】

  • 文:須賀美季
  • 写真:野村佐紀子
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Shinsuke Yoshitake●1973年、神奈川県生まれ。絵本作家、イラストレーター。デビュー作『りんごかもしれない』で第6回MOE絵本屋さん大賞、『もうぬげない』でボローニャ・ラガッツィ賞特別賞など、多くの賞を受賞。日常のひとコマを切り取ったスケッチ集や、装画、挿絵など、幅広い活動で、近年ますます注目を集めている。

物の見方や考え方は、ひとつではない。そんな当たり前なことを、ヨシタケシンスケの絵本はいつも静かに、ユーモラスに教えてくれる。この夏、PLAY! MUSEUMで開催中の展覧会『大どろぼうの家』に参加し、展示と連動する新作『まだ大どろぼうになっていないあなたへ』を発表した。

「さまざまな芸術家が参加する展覧会で、僕は“どろぼう”にいいイメージを持たせる役割を担いたかった。それができたら〝“どろぼう”の存在を大胆に肯定するユニークな試みになると思いました」

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作品に描かれているのは、“これから大どろぼうになるかもしれない”誰かに向けた、ささやかなエール。なにを盗み、なにを守りたいのか。物語の中に、自分の心の奥底をのぞくヒントがちりばめられている。彼の絵本には、立ち止まって、いまの自分と向き合うための力がある。子どもの冒険心に火を灯しながら、未完成な大人の心にもそっと手を添えてくれる。

「世の中に納得できない自分をダメだと思わないでほしいんです。考え方はたくさんあって、『こんなふうに見てもいいよね』と選択肢を増やしていくこと。それが、大人の僕が果たすべき仕事だと思って、これまでやってきました」

デビュー作『りんごかもしれない』では想像する楽しさを、『このあとどうしちゃおう』では死を見つめる勇気を。その後も、 喜びの真意、生きるとはなにか、私たち大人は彼の絵本を通じてともに考えてきた。作品ごとにテーマは異なるが、いつもそこにはどのように考えてもいい自由さがある。

「疑い深かった子ども時代の僕が納得してくれるか。飽きっぽくて難しい言葉が苦手だった僕が、興味を持ち続けてくれるか。そこをいつも基準にしていて、子どもの自分の発言権が強いままなんです。みんなが大人にアップデートしていく中で、僕はできないまま50年が経っちゃったんですよ」

彼の中に生き続ける、小さな自分。それが自身の創作の源であり、絵本に込められた眼差しの正体だ。ヨシタケの絵本は、私たちに置き去りにしてきた子どもの感覚を思い出させ、こぼれ落ちたなにかを拾い上げてくれる。

「自分の中で絶対に変わらないのは、恐怖や不安。このままでいいんだろうか、こんなこと言って大丈夫だろうかと、不安にさいなまれながらも、どうにか自分と世界を肯定しようとしてきました。絵本はその記録で、メモみたいなもの。未来も自分も信じ切れない人間としての弱さは、多分一生変わらないんです」

だからこそ、彼にとっての絵本は、子どもの自分を思い切り解放させてあげられる場所なのだ。「絵本作家という仕事に活かされている」と語る彼は、骨ばった肩を小さく丸め、手のひらの手帳にさまざまな人間模様を描いていく。

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過去の自分に救われるために、いまを記録し続けていきたい

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「千年前の人も、母親にぎゅっとされたらうれしいし、自分の背中が痒くても手が届かない。角にスネをぶつければ、やっぱり痛い。性のことや老いていくこと、戸惑いながら変化していくこと、いいことも悪いこともできちゃうような人間の在り方そのものは、きっとずっと変わらないものだと思うんです。そんなことを自分のためにずっと記録し続けているんです」

自分の弱さをそのまま差し出して、誰かとつながる。彼の絵本が多くの人の心に届く理由は、そこにある。

「最近は、5年後、10年後の自分に向けて描いている感覚があります。あとで昔の自分に救われるような気がして。だから、いまの自分をどこかにちゃんと残しておきたくなる。幼い頃、過去、未来の自分。やっぱり僕は自分のことばかり考えているんですね……(笑)。絵本を描き続けることは、生きていく上でやらなくてはいけない作業。読む人が誰もいなくなったとしても、僕は自分のためにやり続けなきゃいけないんです」

「いつか志半ばで死ぬかもしれない」と、自身の運命を笑いながら、携えた小さな手帳に今日も言葉と線を重ね続けている。

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WORKS
展覧会『大どろぼうの家』

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© Maiko Dake

“大どろぼう”が留守にした8つの部屋に忍び込むという設定の、没入体験型の展覧会。多くの著名アーティストがつくるどろぼうの部屋や、盗んだ品を体感できる参加型の展示。大人も子どもも楽しめる。7月16日から9月28日まで、立川のPLAY! MUSEUMにて開催中。

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絵本『まだ大どろぼうになっていないあなたへ』

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© Shinsuke Yoshitake

PLAY! MUSEUMで9月28日まで開催する展覧会『大どろぼうの家』への出品作品として発表された新作。どろぼうに盗まれたヨシタケが「どろぼうを育てる絵本」をつくる、という設定で描いた初の試み。フランス語訳付き。2025年7月10日発売。(ブルーシープ)

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書籍『本でした』

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© ポプラ社

ヨシタケシンスケと、お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹との共著『その本は』から3年ぶりとなる話題の最新作。前作は、シリーズ累計30万部突破。たった1行のヒントからふたりが本を復元していくという設定で物語を紡ぎ出していく、「創作」のバトン。(ポプラ社)

※この記事はPen 2025年10月号より再編集した記事です。