マージ

白金の名店「ラ・クレリエール」で一つ星を獲得した柴田秀之シェフが、次なる舞台に選んだのは南青山の路地奥。今年6月に誕生したモダンフレンチ「マージ」は、食の「安心・安全・健康・継続」という根源的なテーマに正面から向き合い、“嘘のない”食材をシェフ自らの目と舌で選び抜く姿勢で貫かれている。
店名は、フランス語の「marge(余白)」と英語の「merge(融合)」を重ねた造語。異なるものを融け合わせつつ、余白を残す。そんな哲学は、料理だけでなく空間や運営のあり方にも反映されている。緑が配されたアプローチを抜けると、曲線と直線が交錯するインテリアが迎える。松岡茂樹(KOMA)による木工家具は、五行思想をベースにした空間と響き合い、器や光とともに“調和する舞台”を形づくる。

コースは全11品。北海道・ジェットファームのアスパラガスを丸ごと一本使った前菜では、穂先から根元までの香りと甘みのグラデーションを一皿に凝縮。産卵を終えた老鶏“荒間鶏”をじっくり火入れしたバロチンヌは、力強い旨味の奥に時間の重みを宿す。さらに、「キャレ ド ブール」のクラシックなペストリーも忘れがたい。たっぷりのバターを折り込んだクロワッサン生地を四角く焼き上げ、国産プレミアムバターや田中製粉の有機小麦など、塩や砂糖に至るまで素材を選び抜いた一品だ。焼きたての香りや層がほどける食感を土台に、キャビアやリエット、ハーブと発酵クリームなど7種のトッピングからオープンサンドとして味わえる。シンプルな形に宿る職人の美意識は、マージの哲学を象徴しているかのようだ。



「健やかなモダンフレンチ」を掲げるこのレストランは、柴田シェフひとりの挑戦ではなく、世界を見据えたチーム戦だ。料理人、サービス、ソムリエ、空間を支える人々──それぞれの専門性が交差し、新しい“メゾン”を立ち上げている。東京のガストロノミーに新たな一頁を刻む彼らの哲学と挑戦を確かめたい。
