「好きな要素が全部詰まった曲が世の中にないから、自分でつくろうと思ったんです」
そう語る紫 今は、スタイルの枠組みにとらわれず、まるで異なる人格が共存するような楽曲を生み出している。自分の声を魂ごと大空に向けて放つようなスケールと、心の闇を描く際の繊細さ。そのどちらもが、彼女の音楽にある。
今年発表されたファーストアルバム『eMulsion』でも、「合法パンチ」や「凡人様」のように語感とビートで突き抜ける曲もあれば、「Soap Flower」や「最愛」では、内省的で文学的な世界が広がっている。
「楽曲ごとに別の人格が出てきてる感覚があって。『合法パンチ』は、社会の理不尽に対してバッて殴りにいく自分。逆に『最愛』は、この気持ちをどう言葉にしたらいいんだろうって、ずっと考えてるような静かな自分なんです」

そんな彼女と音楽との出合いは、あまりに自然なものだった。母はかつてゴスペルグループで歌い、父はジャンベを演奏するストリートミュージシャン。紫 今は、教会で響くコーラスや、身体的なリズムに囲まれて育ったという。
「幼少期からマラカスを振っていたり、ジャンベを叩いていたり。『プリキュアになりたい』みたいなノリで、当たり前のように歌手になると思っていました」
制作方法もさまざま。リズム優先で、メトロノームを脳内で再生しながら言葉遊びのように歌詞を乗せていくこともあれば、小説を紡ぐように言葉の温度や重さをていねいに掬い取っていくことも。
「両方とも自分だけど、使ってる脳みその場所が違う感じがある。でも、そこを無理にまとめようとは思っていなくて。毎日同じ気分で生きてるわけじゃないから、その日その時の自分が出ればいい」
現代のアーティストらしく、音楽の“届け方”においても彼女の意識がちりばめられている。ただ思いをぶつけるのではなく、相手の中に入り込む方法を探る、冷静な眼差しがあるのだ。
「これが正しいって主張をストレートに言っても届かない気がしていて。でも、メロディに乗せたり、ちょっと笑える表現にしたり、構造を工夫すれば、ふっと入っていけるんじゃないかなと」

たとえば先述の「合法パンチ」は、“空気を読め”という無言の圧力への違和感から生まれたが、言葉のリズムと勢いで聴かせる。
「SNSでは炎上してしまうようなことでも、音楽として出すと不思議と『共感した』『救われた』という声が返ってくるんです」
ライブでは、紫 今の別な一面が表れる。自身の感情のゆれがすべてさらけ出されるからこそ、彼女のライブは強烈な印象を残す。
「ライブだと“つくっている自分”より“反応してる自分”のほうが強く出てくる。声の震えとか、その日の自分の状態とか、なにも隠せない。むしろ音源よりも深く伝わるものがある気がします」
さらに、紫 今の表現は音楽にとどまらず、ひとつの世界観として提示される。作詞、作曲、編曲のみならず、MV、ジャケット、SNS投稿に使うフォントまで、すべて自身で監修しているという。
「他人に任せられないんです。子どもの頃も、図工の時間に先生が手伝おうとすると、『やらないで!』って言ってたし(笑)」


とはいえ、紫 今の音楽には、ギチギチに詰め込まれた印象はない。大らかな空気すら漂う。
「私は物事を冷静に客観視するタイプだからこそ、音楽ではフィーリングを優先したい。そもそも、性格が雑なんですよ、私(笑)」
そのラフさは、幼い頃から耳にしてきたアフリカの子どもたちの路上セッションに通じる。
「正解が決まってるものじゃないけど、自分にとって正解と思えるものを信じてつくっています」
どこかに固定されることを拒むように、それでもまっすぐに響く紫 今の音楽。理性と感性の融合の先にある、真の自由。彼女は、それを既につかんでいる。
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PICK UP

PERSONAL QUESTIONS
ライブ前のルーティンは?
コンビニに売っているチキンを食べること。油で喉がコーティングされて潤うから、声の調子がよくなるんです。逆に、普段やっているルーティンは本当になにもないんですよね。
いま会ってみたい人は?
トラックメイカーの原口沙輔さん。編曲のアレンジが神レベル。私は同業の方にすぐライバル意識を感じちゃうんですが、原口さんはもはや理解できない領域にいる人です。
好きな言葉は?
猪突猛進。小学生の卒業文集のタイトルにもこの言葉を使いました。れるりりさんというボカロPの「猪突猛進ガール」という楽曲が好きで、それにインスパイアされたんです。
いまの職業じゃなかったらなにを?
メイクアップアーティストかな。昔から絵を描くのが好きで、MVの原画も描いたりするんですが、自分でメイクをする時も同じ感覚です。カラコンは100種類くらい持っています(笑)
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