“未来を待つ”という期待感。
テスラ・ダイナーが仕掛ける、時間のブランディング

  • 文・写真:細谷正人
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ロサンゼルス・ウェストハリウッドに突如現れた、テスラ・ダイナー。80基のV4スーパーチャージャー、250席のダイナー、そして巨大LEDスクリーンを備えたドライブインシアター。

ロサンゼルス、ウェスト・ハリウッド。大通りを走っていると、不意に視界を射抜く光がありました。陽光を鋭く反射するステンレススチールの外装。曲線と直線が交差するフォルムは、建築というよりも未来都市の映画セットのよう。近づくと、それは「Tesla Supercharger Diner(テスラ・スーパーチャージャー・ダイナー)」。80基のV4スーパーチャージャー、250席のダイナー、そして巨大LEDスクリーンを備えたドライブインシアターが融合した、テスラの新しい旗艦施設「Tesla Diner(テスラ・ダイナー)」です。

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ネオンブルーで輝く、「TESLA DINER」のロゴ。
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充電スポットは、そのままエンタメの特等席。

EVの充電には、まだ時間がかかります。5分で満タンになるガソリンとは違い、数十分という“待ち時間”は避けられません。多くのメーカーがこの時間を「短くする」方向に力を注いできましたが、テスラは逆を選びました。時間を削るのではなく、そのものをぜいたくな体験に変えてしまうという発想です。テスラ・ダイナーでは充電は目的ではなく、新しい体験への入口にすぎません。

昼はランチを楽しむ人々、夜は車内やダイナーの2階テラスで映画を観るカップルや家族連れ、24時間営業のダイナーは、オーナーだけでなく近隣住民や観光客にも開かれています。充電器のすぐそばに並ぶのは、1950年代のアメリカンダイナーを思わせるカウンター席と、未来的なラウンジのようなソファ席。懐かしさと近未来が同居する空間は、ただそこにいるだけで、自分が近未来の物語の登場人物になったような気持ちにさせます。

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未来的なブルーライトに包まれた店内カウンター。
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店内の壁に刻まれた「Tesla Mission」の文字。「Accelerating the world's transition to sustainable energy(世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速させる)」と記されている。
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2面スクリーンが投影されている、パーキングエリア。

「テスラを使う前後の時間」を、ブランド価値にする

ブランドマネジメントの視点で見ると、これは「製品を使う前後の時間」をブランド価値として創出できるかという試みです。多くのブランドが性能やデザインに投資する一方で、テスラは「車を使っていない時間」に目を向けました。そこに食事、映像、交流といった要素を組み込み、待ち時間を“テスラらしいブランド体験”として、新しいサービスを生み出したのです。

この発想は、ブランド資産の中でも「体験資産(Experiential Equity)」を強化しているといえます。ユーザーはただの顧客ではなく、ブランドストーリーの登場人物になります。映画を観ながら食事をとり、ふと充電が終わる。そんな一連の流れが、日常に非日常を差し込みます。それは製品のスペック表では測れない差別化です。コミュニティの装置としても、この空間はよくできています。偶然隣り合ったオーナー同士が会話を交わし、SNSで体験を共有する。そこに企業側が直接関与する必要はありません。空間そのものが人を引き寄せ、リアルな繋がりを生みます。ブランドが意図的に仕掛ける“唯一無二の体験”は、広告プロモーションよりも深く記憶に刻まれるのです。

アプリや車載ディスプレイからの事前注文・決済も、この体験を支える大事な仕掛けです。到着前にオーダーを済ませ、支払いはテスラウォレットで完結。テスラユーザーはブランドのエコシステム内にとどまり続けます。これは利便性の向上だけでなく、ユーザーの顧客離脱を防ぐロックイン戦略でもあります。言うまでもなく、テスラ・ダイナーの駐車場はテスラしか停車できません。

立地もまた、ブランド演出の一部です。ハリウッドという世界的カルチャーの発信地に旗艦店を構えることで、テスラは「モビリティメーカー」ではなく「カルチャークリエイター」としての顔を強調します。ここでの体験はこの私のPenのコラムも含めて、SNSで拡散され、写真や映像がブランドストーリーを世界へと届きます。ロサンゼルスという都市空間そのものが、テスラの広告塔になってしまうのです。

EVインフラの新しい形であり、都市空間の再解釈でもある

この施設の基本は、EVインフラの新しい形であり、都市空間の再解釈でもあります。ガソリンスタンドが効率の象徴だった時代から、充電ステーションが滞在型カルチャースポットになる時代へ。待ち時間を消費ではなく“滞在”に変えることで、都市生活の質そのものが変わるかもしれません。

もしこのモデルが日本に来たらどうでしょう。東京や大阪の都市型拠点なら、充電待ちの人だけでなく、仕事中、買い物や観劇の前後に訪れる人も増えるはずです。テスラ・ダイナーは、製品が動かない顧客時間をブランド化する実験です。顧客がテスラストーリーの中にとどまる時間を最大化する。それは、製品競争の先にある、まさにブランド戦略の最前線です。

未来を先取りするだけでなく、未来を待つというぜいたくをデザインする。この発想こそが、テスラを文化の領域へ押し上げているのです。一方、日本のEVブランドはどんな体験を提供するブランドを目指すのか。まさにEVブランドは、体験価値創造の時代へと本格的に突入しています。

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人型ロボット「オプティマス」も展示。
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宇宙船のようなフォルムが、夜空に浮かぶ。テスラ・ダイナーは、EVインフラの新しい形であり、都市空間の再解釈でもある。

細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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