英国のベントレーモーターカーズが2024年9月に発売した「ベントレー フライングスパー スピード」がすばらしい出来映えだ。
見かけは重厚な雰囲気のセダンだけれど、走りのよさは軽快なGT。この相反するような組合せが特徴だ。

ベントレーというと、長らく大型高級セダンで知られたブランド。
1931年から98年までは、ロールス・ロイス傘下で、基本的な車台は共用。少しスポーティな仕立てを特徴とした。
ベントレーが決して忘れ去られなかったのは、戦前の業績ゆえ。

ベントレーが手掛けるモデルはレースを席巻。大排気量エンジン搭載の巨大な車体ゆえ「ザ・ファステスト・ロリー」とも呼ばれた。
ロリー(lorry)とはイギリス英語でトラックのこと。“世界一速いトラック”というのがニックネームだったのだ。
いまのベントレーというと、SUVの「ベンテイガ」とクーペの「コンチネンタルGT」シリーズがすぐ思い浮かぶかもしれない。
ここで紹介するフライングスパーは、セダンというやや奥ゆかしいような車型ゆえ、かつてのような看板車種ではないかもしれない。
デザインはかなり個性的。外観上は、大型グリル、丸型の4灯式ヘッドランプ、大径タイヤなどが目につく。
これらがこのクルマにしかない迫力を醸し出している。特にユニークなのは、リアクォーターピラーの造型だ。

通常のセダンだと、後席ドア後ろのパネルは、リアウインドウとともにアップライト(直立)気味なもの。
フライングスパーは、リアウインドウをあえて寝かしている。これで、スポーティな雰囲気をつくっている。
グリルもベントレーがこだわるポイントだ。さきに触れたように、ベントレーの名声を確立させたのは、1920年代のモータースポーツ活動だ。
このころのパワフルな大排気量エンジン車は、冷却のためにラジエターグリルを大きくしなくてはならなかった。
グリルは車体正面の中心にあるものなので、これをデザインアイディティティにしようと、多くのメーカーが取り組んできた。
戦前からレースをやっていた、ロールス・ロイスやベントレーはそこをうまくやりとげた。

メルセデス・ベンツやBMWのグリルの基本デザインは、やはり戦前のもの。うまくアレンジして使っている。
日本車の多くのはラインナップが多すぎるせいか、デザインの一貫性をあきらめているフシがある。
フライングスパーでは、大きなグリルをはじめ、先述のさまざまな要素を、ひとつのメッセージとして”発信”している。それは、運転の楽しさだ。
ベントレーではこのクルマの特徴をストレートに「パフォーマンスとラグジュアリーの融合」としている。

フライングスパーには4つのモデルがある。
コア(ベース)モデルは「フライングスパー」。快適性の装備を追加したのが「フライングスパー・アズール」。もっとも装備が豊富なのは「フライングスパー・マリナー」だ。マリナーはなんでも16世紀創業の馬車の架装業者。
シリーズ中、走りの性能を追求したのが、ここで紹介しているフライングスパー・スピードである。

「スピード」(とコアモデル)は、4リッターV型8気筒エンジンを使ったプラグインハイブリッドで、全輪駆動。最高出力は575kW、最大トルクは1000Nm。
ベントレーでは「ウルトラ・ハイパフォーマンス・ハイブリッドパワートレイン」と、すごい名称で呼んでいる。
スピードの特徴は下記のとおり。
・アクティブ・オールホイールドライブ(4輪操舵、48ボルトのアンチロールシステム、ベントレーダイナミックライド、ローンチコントロール)搭載
・ダークティントのブライトウェア(金属光沢のパーツ)
・スピードモデル専用のマトリクスグリル、ロアバンパー開口部、ヘッドライト、リアライト、エクステリアの各ブライトウェアをダークティントで統一
・「Speed」バッジ(フェンダー、インテリアのフェイシア)と「Speed」のシルプレート
・ボディと同色の新しいサイドシル(ドアの敷居)
・スピード専用の22インチ径ホイール
・シートの「Speed」の刺繍
私は日本では2025年3月に試乗。その後、米国の山岳地帯で改めて乗るチャンスに恵まれた。

実際に乗っての楽しさは“ウルトラ級”だった。期待をはるかに上回った嬉しさともいえる。
第4世代になるフライングスパーに設定されたスピードモデル。先代は12気筒搭載だったが、パワーは今回が上回る。
操縦性も軽快感が増している。先述のように電子制御された足まわりや駆動系、さらに後輪操舵システムの統合制御のおかげだろう。
丘の斜面につくられたワインディグロードでの試乗では、実に気持ちよい操縦性を味わわせてくれた。

発進直後からたっぷりとしたトルクを感じさせる駆動系。バッテリーがフル充電だったので、モーターでの走りが中心だった。
ベントレーの大型セダンを、バッテリー駆動で楽しむ日がくるとは……。となんだか感無量の思いにとらわれた。
直線だけでなく、曲がりも得意なのだ。適度な重さを与えられたステアリングホイールの操作に対する反応は素早い。
冒頭で触れたとおり、スポーツカーのようにさっとノーズが向きを変える。ステアリングホイール操作から受ける印象は、自分とクルマがつながっているようで大変よい。

後席も広い大型セダンなのだけれど、スポーツカー並みの一体感だ。
ゆっくりとカーブに入って、出口が見えたら、アクセルペダルを踏み込んでみる。モーター走行をしているとスムーズだが、エンジンとは違う強力な加速が味わえる。
長い直線で、あえて低いギアを選んでアクセルペダルを強めに踏んでみると、エンジンが始動。

エンジンで走行するとバイブレーションが体に伝わってくる。昔からおなじみのパワフルな大排気量車の魅力も残っているのだ。
速いセダンというのは、昔から、クルマ好きの好む乗りものだった。
先述のとおり、ベントレー車がずっと人気を保っていたのも、それゆえだ。いい意味でのギャップがあった。

いまは速いSUVがそのポジションを奪った感もあるけれど、重心高が低く、操りやすいセダンにはやはり分がある。
大人の乗りものとして、フライングスパー スピードを評価してみてほしい。
ベントレー フライングスパー スピード
全長×全幅×全高:5316×1988×1474mm
ホイールベース:3194mm
車重:2646kg
3996cc V型8気筒 PHEV 全輪駆動
8段デュアルクラッチ変速機
システム最高出力:575kW
システム最大トルク:1000Nm
駆動用バッテリー容量:25.9kWh
バッテリー走行距離:76km
乗車定員:5名
価格:3658万円
問い合わせ:ベントレーモータースジャパン
www.bentleymotors.jp