12気筒フェラーリGTはオフロードを走れるのか? 真冬のニュージーランドで「12チリンドリ」の雪上ドライブ

  • 文:小川フミオ
  • 写真:Ferrari
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610kWの最高出力と678Nmの最大トルクをもつ6496ccV12エンジンをフロントに搭載して後輪を駆動。

フェラーリの12気筒スポーツカーを雪上で操縦するとどうなるか。「エスペリエンツァ・フェラーリ・オンアイス」なるイベントが2025年8月、真冬のニュージーランドで開催された。

オンアイス、とあるけれど、実際には雪上。世界中の自動車メーカーが雪上と氷上のテストを行う「サザンヘミスフィア・プルービンググラウンド」が舞台だ。

ニュージーランド南島のクイーンズタウンの近郊。といっても山の上のほうなので、クルマだと1時間以上、屈曲路を登る。

ご存知のように、ピーター・ジャクソン監督の「ザ・ロード・オブ・ザ・リング」のロケにも使われた一帯だ。

標高はそれほど高くないが、峻険な嶺を持つ山々がつくる景色は、すばらしく美しい。

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サザンヘミスフィア・プルービンググラウンドには雪上、氷上さまざまなコースがある。

乗ったのは、12気筒を意味する「12(ドディチ)チリンドリ」なる車名を持ったスポーツGT。

往年のフェラーリ365GTB/4(1968年発表)のイメージも盛り込んだというボディデザインだ。

ロングフードは、もちろん12気筒を収めるのと、車体の浮き上がりを防ぐダウンフォースを生むため、と機能的な理由ゆえ。すこし俯瞰して眺めると、色の塗り分けも巧妙。 

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12チリンドリのデザイン上の特徴がもっともよくわかる角度。

クラシカルな後輪駆動車と、最先端のデザインランゲージがうまく組み合わされている。

クラムシェル型といって、側面までまわりこむ形状の大型ボンネットは、複雑な立体的形状。上面(建築といっしょでプランという)から見ると、側面は後輪の前でぐっとしぼりこまれている。

後輪のフェンダーは大きく張り出している。後輪駆動のパワフル感を、ぐっとしぼられたドアのあたりが強調。

かつてフェラーリのデザイナーは、自社の製品のデザインコンセプトをグラマー女優などにたとえていた。

さすがこのご時世でそれを言うことはなくなったが、クルマの審美観は、根本が変わっていないと感じさせる出来映えだ。

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車体側面は後ろにいくにしたがってしぼられていくイメージでリアフェンダーの張り出しを強調。

速く走るためには周囲がよく見えないと不安感をおぼえがち。12チリンドリもウインドウが大きい。

特にリアウインドウの面積を大きくするため、電動格納式リアスポイラーは左右分割式だ。

雪上では、リアスポイラーが展開するほどの速度は出せなかった。 

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エンジントルクを制御するウェット(滑りやすい路面)モードを選べば安心感はかなり高い。

ひとつ感心したのは、リアウインドウがまったく汚れないこと。

通常、雪上で走ると飛沫を巻き込んであっというまにリアウインドウが汚れるものだが、それがない。プロサングエも同様。リアウインドウはワイパーを持たない。汚れないから。

フェラーリには、フロントエンジンモデル(アマルフィ、プロサングエ、12チリンドリ)と、ミドシップエンジンモデルがある。

フェラーリといえば12気筒というぐらいで、12チリンドリは看板モデルのひとつだ。

「12気筒をフロントに搭載していては走行において不利だろう、という声があるので、雪上で試してもらういい機会です」

イベントを取り仕切ったリチャード・ムーア氏は、上記のように言う。 

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クイーンズタウン近郊の山脈を背景に並べられた12チリンドリ。

朝9時すぎにスタートして、終了は15時。予想より濃密な内容だった。

雪上で後輪のパワーをどう制御するか。それを、まず後輪のパワーを知るためのドリフト走行から始める。

定常円旋回といって、ポールを真ん中において周囲を360度、リアを滑らせながら回っていくのが、ひとつのレッスン。

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ステアリングホイールに舵角を与えたあとアクセルペダルをポンッと踏むとリアが張り出していく。

それからポールを2つにした、いわゆる8の字走行。

うまくいくと、リアを滑らせたまま、途中で流れていく向きを変えて隣のポールを回っていける。

それからスラローム走行。スキー競技と同様で、ポールの間を縫って、比較的長い距離を走る。

路面の滑りかたがところで違う(氷が露出している個所もある)ので、神経を使う。これがいちばん面白いパートだ。

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車体の動きはエレクトロニクスでほとんど完璧に制御されている。

さきにムーア氏が語ったように、なにより印象的だったのは12チリンドリの安定性だ。

通常は常に作動させておくESC(エレクトロニックスタビリティコントロール=横すべり防止機構)はあえて無効に。

それでも、アクセルペダルの微妙なコントロールで、姿勢を制御させることができる。むしろ、すぐに安定してしまうほどだ。滑らせていくほうが技術がいる。

アクセルペダルは軽め。なので、うっかりすると、踏み込みすぎる。

スパイクタイヤとはいえ、エンジンの駆動トルクに負けて、タイヤが路面をつかむ力=グリップを失いがちになる。

あまりにトルクがかかりすぎて、スパイクピンが何本も吹っ飛ぶというすごさ(ここは苦笑)。

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居心地がいいキャビンで、荷物もシート背後に置ける。

強いトルクでスピンがちになっても、すぐにシステムがタイヤのグリップを回復する。それも驚きだ。

最新の電子技術と、高い能力のタイヤ(ミシュランだった)の組合せは強力なのだ。

12チリンドリが発表されたとき、こんなに走れるなんて思ってもみなかった。

今回は、世界各地からクライアント(フェラーリオーナー)らも参加。サーキットの経験は多いけれど雪上は初めて、という人ばかりだった。

「体験してみて、フェラーリ車に対する信頼が深まりました」

父親の代から不動産業を営んでいるという、十数台のフェラーリコレクターのマレーシア人は、そう感想を述べていた。

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アクセルペダルは軽めなので、とくに雪上では踏みこみ量に慣れる必要がある。

フェラーリでは、「フェラーリ・チャレンジ」といって一般のオーナー同士がレースをするプログラムも世界各地で展開中。参加者からの評価が高い。

今回のエスペリエンツァ・フェラーリ・オンアイスには、チャレンジ参加者もいた。

「当然ですが、乾燥路面とはまったく動きが違う。雪上を体験するのもレースのためにいい勉強になります」と日本から参加した、オーナーは語った。

フェラーリは確実に進化している。それを理解できた雪上体験だった。

フェラーリ

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