ザ・ローリングストーンズにオアシスも! 自動車メーカーの“クルマ以外”のビジネスがおもしろい

  • 文:小川フミオ
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自動車会社は、クルマばかりをつくっているわけではない。ほかにも魅力的なプロダクトを手掛けている。ホンダの「パワープロダクト」のように、エンジンを載せた芝刈り機や発電機に熱心なメーカーもある一方、プレミアムブランドはイメージに合わせたアクセサリー(グッズ)を数多く扱っている。

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F1でファンが多いフェラーリは、レーシングスーツ、シューズ、ヘルメット(各選手のレプリカ)など多く販売する。(写真:Ferrari)

たとえば、フェラーリ。イタリアはマラネロにある本社に隣接して、「スクーデリア・フェラーリ」ブランド関連のグッズを扱う大きなショップがある。明るくて清潔な建物で、白が基調。白は質感にごまかしが効かない色と言われおり、フェラーリは当然それをわかっているのだろう。

F1パイロット(ドライバー)が着ているようなレースウエアから、プーマとのコラボレーションになるスニーカー、“跳ね馬”のTシャツ、さらに、クルマ好きへのぜいたくなクリスマスプレゼントになりそうな精緻なつくりのモデルカーに至るまで、ファンが喜ぶ商品が揃っている。

ロールス・ロイスでは、英グッドウッドにある本社に「ハウス・オブ・ラグジュアリー」と名付けたオフィスを持つ。顧客はここで、特別な一台を注文することができる。

私が2025年春に訪れた時、「あたらしいプロダクトがちょうど完成したところです」と、常任のスタッフから告げられた。見せられたのは、チェスセット。

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ロールス・ロイスの社内でデザインもメカニズムも開発されたチェスボード。(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

駒は抽象性が高いモダンな造型で、起源が紀元前に求められるチェスの時代性と、ユニークな組み合わせになっている。デザインの発想から、エンジニアリング、そしてテストに1年をかけて開発したという。レザーの部分は13色用意される。 

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ロールス・ロイスのデザイナーが手掛けただけに、チェスの駒のデザインはユニークだ。(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

「ロールス・ロイスのオーナーにはチェス愛好家が多くて、高い腕前を持っているようです。凝ったアクションで開く盤面と、デザイン性の高いアルミニウム製の駒。(ロールス・ロイスという)ブランドとの関連性を感じさせるチェスセットを、家庭での楽しみのために提供したいと考えています」

ロールス・ロイスでアクセサリーデザイナーを務めるニック・エイブラムス氏は上記のように語っている。

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ベントレーの職人がオッターとともにつくったウッドボード。(写真:Bentley Motors)

「(クルマの)プレミアムメーカーが周辺商品の開発に熱心に見えるのは、ブランドのためです。自動車を運転できる年齢に達していない若い人にはブランドの認知度を上げ、一方、いままで市場になかった質感とかデザインのプロダクトで、潜在的オーナーやその家族へのブランドの浸透度を高めるのが目的です」

上記はベントレー・モーターズのマーケティング担当者に、私が背景を尋ねた時の回答だ。

ベントレーは25年3月、サーフボードを発表した。ベントレーの職人が伝統的な技法で合板を仕立て、それを、やはりコーンウォールでカスタムのウッドボードを手掛ける「オッター Otter」へ送り、仕上げてもらったもの。

ベントレーはベンテイガEWBモデルとともに、この特製サーフボードを「マーニーレイズ(Marnier Rays)」でお披露目。ここは、英コーンウォールなどで展開されるサーファーのためのリトリート(宿泊施設)だ。

ただしこのボードは、市販されない。凝りに凝ってつくったベントレーとオッターのコラボレーションは、障害や怪我、学習障害のある方々に向けて、売り上げは適応型サーフィン体験を提供するSustability UKに寄贈され、のちにチャリティオークションにかけられるそう。

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ジャガーのコレクションにおさめられている往年のEタイプのペダルカー。(写真:筆者)

このように、クルマそのものでない”商法”は、実は戦前からある。有名なのはペダルカー。子ども向けの足こぎ式のトイカーだ。買いやすいものは合成樹脂製だが、戦前は木製。高価なものは実際の車両と同様の金属製の車体だったりと多様。熱心なコレクターも存在する。子どもにブランドを植え付けるのに最適な道具と考えられていた。

自転車も、クルマメーカーが好む商品だ。単なる名前貸しのケースもあるけれど、たとえばアウディは、本社が積極的に関わって自転車を開発してきている。

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アウディが手掛ける、5.8kgの超軽量レーシングバイク「アウディスポーツ・レーシングバイク」。(写真:Audi)

2012年に「ワルターゼー」(発表されたオーストリアの保養地にちなんで命名)なる時速50kmで走れる軽量かつ高性能のeバイク(コンセプト)、2015年には5.8kgの超軽量レーシングバイク「アウディスポーツ・レーシングバイク」(限定発売)を、という具合。

ランボルギーニも、イタリアの自転車ブランド「3T」とともに、炭素樹脂のフレームをもった自転車を送り出している。デザインはランボルギーニのチェントロスティーレ(デザインセンター)が協力している。 

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ランボルギーニが3Tと共同開発した軽量のスポーツバイク「Racemax × Lamborghini Automobili」。(写真:Lamborghini Automobili)

ユニークな点は、自転車の機能を2つのゾーンに分けていること。前半部分は「スピードゾーン」で、からだにフィットするシートを備えた後半部分は「コンフォートゾーン」という。コンセプト、デザイン、素材、機能と、ランボルギーニ車の価値を置き換えたようなプロダクトであることが特徴だ。

日産が1987年に、画期的なマーケティング商品である「Be-1」を発売した時のことは、いまでもおぼえている。東京・南青山に「Be-1ショップ」を開設して、専用にデザインした文房具から飲料まで多様な商品を販売した。

最近、意外性に感心したのは、アストンマーティン・レーシングだ。市販車を手掛けるのはアストンマーティン・ラゴンダで、レーシングはF1などモータースポーツを担当している。ここもレース関連の商品に熱心だが、なかに、ザ・ローリングストーンズとのコラボレーション製品がある。

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アストンマーティン・アラムコ(F1チーム)とザ・ローリングストーンズのコラボ商品として販売されているTシャツ。(写真:Aston Martin Racing)

「ザ・ローリングストーンズは、クールな英国を象徴するアイコンであり、アストンマーティン・アラムコ(F1チーム)とファンベースを共有する部分が多いと思っています」

アストンマーティン・アラムコF1チームで、ヘッド・オブ・ライセンシング&マーチャンダイズを務めるマット・チャプマン氏は、このように解説してくれた。

「私たちを応援してくれているなかにも、ザ・ローリングストーンズとともに育ったという人たちが多くいます。このバンドとのコラボレーションで、より広く、若いファン層にリーチすることができるのです」

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1960年代に英国で成功したミュージシャンに人気の高かったアストンマーティンDB5は63年から65年にかけて販売された。(写真:Newspress)

量産車のほうのアストンマーティンは、たしかに”ロックなクルマ”だった。1960年代には、アストンマーティン車に乗るロックスターの情報が多く出て、ロックカルチャー好きの層に(007とともに)ブランドを強く印象づけた。

ザ・ローリングストーンズのミック・ジャガーは同社のDB6、ポール・マカートニーも同じDB6、エリック・クラプトンはDB6ボランテ(オープン)、クラプトンとクルマ趣味を共有していた故ジョージ・ハリスンはDB5、という具合だ。 

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英国最大のロックフェス、グラストンベリーでオフィシャル車両パートナーを務めるディフェンダー。(写真:Defender)

周辺商品をイベントにまで拡大すると、ロックのイメージで、ブランドの好感度を上げる例として、ディフェンダーがあげられる。2023年から英国のグラストンベリー・フェスティバルのオフィシャル車両パートナーを務めている。25年は35台を提供。うち25台のプラグインハイブリッドモデルがヘッドラインアクトを送迎するために使われる。

ロックファンのあいだで大きな話題を呼んでいるオアシスの再結成ワールドツアーでは、オフィシャル車両パートナーを11月にサンパウロで行われる最終公演まで務める。日本の「FUJI ROCK FESTIVAL’25」(フジロック)でもオフィシャルパートナーだ。 

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ディフェンダーはオアシスの再結成ワールドツアーでもオフィシャル車両パートナーを務める。(写真:Defender)

ちょっと反骨精神を感じさせる経営陣に率いられた自動車メーカーがあるならば……私なら迷いなくそこのクルマを買いそうだ。重厚長大などと言われる自動車産業でも、ロックを介すれば、自分たちに近い存在と感じられることもある。フレグランスでもトートバッグでも、同様のことを思うひとがいても不思議でない。 

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これまでF1に興味なかった層にはロックなど他のジャンルのイメージを援用してアピールする商法もある。(写真:Aston Martin Racing)

「昨今の傾向として、ひとつの商品がすべての人にウケる、ということはなくなっています。常に多様なやり方で、ブランドを訴求していく必要があるのです」

さきのアストンマーティン・アラムコのチャプマン氏の言である。自動車メーカーは、憧れや共感をもとにしたアクセサリーを手掛け、ファンベースづくりに熱心に取り組んでいくのだろう。