世界の捉え方が変わる?“ゆっくり時間をかけて見る”効用【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】『スロー・ルッキング よく見るためのレッスン』

  • 文:印南敦史(作家/書評家)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『スロー・ルッキング よく見るためのレッスン』

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シャリー・ティシュマン 著 北垣憲仁/新藤浩伸 訳 東京大学出版会 ¥4,620

スロー・ルッキングとはその名の通り、見落としがちなものに目を向け、ゆっくり時間をかけて観察すること。当たり前すぎると思われるかもしれない
が、その“当たり前”なことを実践している人はどれだけいるだろう。時間に追われ続けるあまり、観察しようなどという余裕は持てていないのではないだろうか? だが実践してみれば、普段は気づけない“なにか”を見つけられるかもしれない。

教育研究者である著者は、ハーバード大学の「プロジェクト・ゼロ」主任研究員。彼の考え方の根幹にあるのは、ゆっくり見ることの重要性だ。たとえば海岸を歩いている時にふと目についた貝殻を拾い上げ、「面白い」と声を上げながら形状を観察したとしよう。行動自体はありふれたものだが、人は好奇心を刺激されるとその対象を自分の目でじっくり確かめてみたくなるものだ。しかもそうすることで、膨大な量の情報を統合的に取り込める。形や色、質感、経年変化に関する手がかりを得ることもできるだろう。それが重要なのである。

好奇心旺盛な子どもは教室や裏庭でなにかを発見できるかもしれないし、大人にしてもまた同じ。美術館や博物館に足を運べば、好奇心を刺激される対象を発見できる可能性がある。同じことはインターネットから情報を得る際にも当てはまる。興味を持って確認すれば、ただ見過ごすだけでは気づかない価値や概念を見つけ出せるからだ。

自分の目で確かめるのは、さまざまな理由で引き起こされる知的探究の行動だと著者は指摘する。時間をかけてゆっくりと物事を見ることで、複雑さを複数の方法で理解できるようになるのだと。だからこそ、スロー・ルッキングは世界をもっと深く知るための重要かつユニークな方法なのだ。

※この記事はPen 2025年8月号より再編集した記事です。