陶芸と建築という、表現方法もスケールも異なるジャンルを股にかける奈良祐希が、故郷である金沢で初めての商業建築に挑んだ。奈良が2023年に設立し、処女作「Node Kanazawa」で数々の賞を獲得した建築事務所EARTHEN(アースン)による3つ目のプロジェクトとなる今回は、同じく金沢出身の田川真澄シェフが手掛けるフレンチレストラン、FIL D'OR(フィルドール)の移転リニューアル物件だ。

2017年に北陸地方最大の繁華街として知られる片町でオープンしたフィルドールは、カウンター7席のみというミニマルかつ親密なスタイルで地元のファンや食通から愛され、ミシュランプレートやゴエミヨ2トックも受賞した人気店。移転先となる木倉町は、大通りから一本奥に入った路地裏に広がる、落ち着いた雰囲気の飲食街だ。
奈良は両隣と軒を連ねる通り沿いの間口から、奥に向かって細長く広がる町屋風の枠組みを活かし、店舗からもほど近い「長町武家屋敷」の土塀にも似た、土の洞窟のようなワントーンの空間を設計した。新店舗はカウンター11席に加え、テーブル席も20席まで設置可能となり、前店舗よりも席数が大幅に拡充されているが、この土に抱かれるような内装により、こぢんまりとしたコージーな雰囲気が演出されている。
---fadeinPager---
ミニマルな内装に動きを与える「揺らぎ」のアクセント。

この洞窟のような空間で最も目を惹くのが、天井から吊るされた約3万本の糸。壁や床と同じく、特注のアースカラーで染められた糸は、店名であるFIL(糸)D'OR(金の)から想起したエレメントであるのと同時に、金沢の風土を表象する「雨」や「氷柱(つらら)」を始め、茶屋建築の出格子「木虫籠(きむすこ)」、兼六園の「雪吊り」なども連想させる。
この糸を取り入れたアイデアに関して、奈良は個人的な思い入れを語る。
「金の糸という店名に対して、そのまま糸を使用するのは直接的すぎるという思いもあり、建築的なアプローチによって金属のパイプを糸に見立てるというアイデアなども検討していましたが、こうやって吊るされた糸が風になびくことで、自然の力によって空間が揺らぎ、不意に普段とは違う表情を見せくれるのも面白いと思いました」
奈良は自身のアートや建築デザインについて説明する際に、この「揺らぎ」という言葉を用いることが多い。実際に、数万本の糸が風になびく「揺らぎ」の姿は、彼の代表的なアート作品である「Bone Flower(ボーンフラワー)」の着想源となった、河岸の草原が風になびく姿とも通じている。奈良にとって「揺らぎ」は、人間的な作為や思惑が及ばない神聖な「無作為性」の象徴であり、それを自身の作品に取り込もうとする行為が、奈良の創作活動の根底にある。


オープンキッチンからゲストをもてなす田川シェフは、あくまで「ビストロ」というカジュアルなスタイルにこだわりを見せる。
「金の糸という名前は、金沢という土地の中で、いろんなものがつながっていくことをイメージしてつけました。カウンターに座ればみんなが仲良くなって、テーブル席でもワイワイ楽しんでもらえるような、普段着でふらっと来れるお店にしたいと思っています。(田川)」
奈良が「揺らぎ」を取り込もうとしたこの店では、各地から訪れたゲストたちと、シェフやスタッフ、そして季節の食材が織りなす偶発的な出合いと触れ合いによって、さらに大きな「揺らぎ」が生み出されていく。毎晩異なる表情を見せるフィルドールという空間は、何度訪れても決して飽きることはない。金沢に訪れるたびに、足繁く通いたくなるスポットだ。

FIL D'OR
住所:石川県金沢市木倉町6-9 2F
営業時間:18:00~24:00
(21:30頃までのオーダーはフルラインナップメニュー、21:30頃~24:00はメニュー数を絞ったラインナップ)
定休日:日曜+週一回(基本水曜日)
予約方法:電話 090-9442-1324 /FIL D’OR公式InstagramにDM
Instagram@fildor_kanazawa