“おいしい台湾”が、いまパリを魅了している

  • 文:ジスマヌ・レベッカ(Pen International)
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パリの街角に、台湾の味が根を下ろし始めている。お茶にパン、スイーツにルーローファン──。その美味しさは単なる“エスニック”の枠を超え、洗練されたかたちで人々を魅了している。今回は、そんな台湾食文化のいまを伝える3つのスポットを紹介する。

 

1. サワードウと台湾風ブリオッシュを届けるブーランジュリー「Petite Île」

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「Petite Île」のナイス(奶酥)バター入り台湾風ブリオッシュ。 写真:ジスマヌ・レベッカ

元はレーザー技術を専門とするプロダクトデザイナーだった王之亞(ワン・チー・ヤー)は、学生時代にお菓子作りに夢中になった。とくにマカロンの腕前は友人たちの間でも評判だった。ある日、日本から戻った教授が「パン作りはガラス工芸に似ている。一度焼くごとに異なる表情を見せる」と語ったことから、手仕事好きの王の好奇心が大きく刺激された。

2017年、デザインフェア「Maison&Objet」への参加をきっかけに、王と夫の莊柏宣(チュアン・ポー・シュエン)はパリを訪れ、街に魅了される。後に王は料理学校フェランディに入学し、パンのこね方やサワードウ(天然酵母)の発酵技術を学びながら、自分の店を持つ夢を育てていった。

その夢はパンデミックを経て実現し、夫が内装を手がけた「Petite Île(小さな島)」が誕生する。洗練されたミニマルな内装の店は、ふたりの美意識が凝縮された空間である。

当初はサワードウの習得に注力していた王だが、現在は3種の小麦粉を使い、3日間かけてじっくり発酵させたロングファーメンテーションのパンを焼き上げている。長時間発酵によるほんのりとした酸味と、奥行きのある味わいが魅力だ。

当初は台湾というルーツをパン作りに取り入れるつもりはなかったが、夫の提案を受け、少しずつ台湾の味をパリの顧客に紹介するようになった。とくに人気なのが、甘いものから塩味まで幅広く親しまれている台湾風ブリオッシュだ。

Petite Îleのブリオッシュは、香ばしいバターのクラストに包まれ、中には自家製のナイスバター(奶酥)がたっぷり詰まっている。牛乳、卵、粉砂糖で作る、台湾ではおなじみのやさしい甘さのクリームだ。

日本のメロンパンに親しんだ人なら、台湾のポーローパンにもきっと懐かしさを覚えるだろう。実際に果物は入っていないが、表面の格子模様がパイナップルを思わせる。日本のメロンパンよりやや濃い焼き色で、台湾ではミルクパンの定番として愛されており、Petite Îleではスライスして有塩バターをたっぷり塗るフランス流で提供されている。まさに台湾とフランスの文化が出会う味わいだ。

さらに王は、塩味のレパートリーも拡充中。台湾で人気の青ねぎ入りパンから着想を得て、ミニサンドイッチのダブルチーズフィリングに青ねぎを加えた。

多様な食文化が共存する台湾は、パン好きにもグルメにも嬉しい驚きを提供してくれる国だ。そんな台湾の味覚とフランスの職人技が融合した「Petite Île」は、いまやパリで注目を集める存在となっている。

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王之亞(ワン・チー・ヤー)が手がける、長時間発酵で仕上げた風味豊かなサワードウブレッド。 写真:ジスマヌ・レベッカ
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有塩バターをたっぷり塗って楽しむ台湾式ポロパンは、格別の美味しさ。 写真:ジスマヌ・レベッカ
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パリ・マレ地区にある「Petite Île」の店先に立つ王之亞(ワン・チー・ヤー、左)と莊柏宣(チュアン・ポー・シュエン、右)。 写真:ジスマヌ・レベッカ

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2.多様なスタイルでテイクアウトティーを再定義する「Laïzé」

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厳選素材と台湾茶の香りが調和した、Laïzéスタイルのタピオカミルクティー。

台湾では、伝統的なウーロン茶から現代のタピオカティーまで、あらゆる場面でお茶が日常に溶け込んでいる。この台湾茶文化の豊かさをフランスでも伝えたい──そんな思いから誕生したのが、ティーサロン「Laïzé(ライゼ)」だ。創業者のジョディ・リウとステファン・リムは、台湾茶の多様性や淹れ方、素材の組み合わせの妙を、フランスの地で紹介している。

彼らが目指したのは、テイクアウトティーの原点に立ち返りつつ、現代的な解釈を加えた新しいスタイル。温度、甘さ、トッピングなどを細かくカスタマイズできるのが特徴で、使う茶葉は、台湾中部の八卦台地で育った香り高い品種。ミルクを加えても、そのままでも美味しく味わえる。

 歴史あるマレ地区の旗艦店では、数量限定のプレミアムティーも提供されている。たとえば、上品でやわらかな味わいの「金ウーロン」や、ほのかにミルキーな香りを持つ「キムスアンウーロン茶」などが人気を集めている。夏には、搾りたてのグレープフルーツが爽やかさを添えるグリーンティーが、都会の暑さを和らげる爽やかな一杯だ。

店内の壁には、引き出しがずらりと並ぶ古い薬局を思わせる装飾が施されており、これは台南の伝統的な薬屋をモチーフにしたもの。台湾では、長らくお茶が薬草の一種としても親しまれてきたという背景を反映している。

  こうした文化的価値を踏まえて、ファッションスクール出身の2人の創業者は、シンプルで洗練された空間を目指した。ここは単なるティースタンドではなく、交流やコラボレーションの場。「Laïzé(來坐)」とは台湾語で「友として、ここに座って」という意味で、その名の通り、誰もが歓迎される空間を目指している。

その理念はさまざまなコラボレーションにも反映されており、「Ami Paris」や陶芸ブランド「Pieces of Jade」との協業も注目を集めた。開かれた精神を体現するかのようにさらに市内に2店舗を追加し、Sainte-Avoye店では台湾式のコーヒー文化にも着目。アジアで3番目のコーヒー消費国である台湾らしく、ST.1 Tainanによる「Tainan blend」などのローストが味わえる。

Laïzéはいま、台湾への「帰郷」を計画中だ。2025年末には、台南に2店舗をオープン予定。そのひとつは、Laïzé初のカフェ専門ブランドとして展開される。台湾のライフスタイルを発信してきたLaïzéが、ついにそのルーツである島の食文化の中心へと歩みを進めようとしている。

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夏に人気の一杯、搾りたてグレープフルーツ入りグリーンティーの爽やかな酸味。

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Laïzéの新たな提案──台南で焙煎された豆を使った台湾式コーヒー。

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 伝統的な台湾の薬局を思わせる内装が印象的なLaïzé Marais。お茶の薬効へのオマージュが込められている

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3.台湾の伝統と創造を味わうレストラン「Foodi Jia-Ba-Buay」

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Foodi Jia-Ba-Buayの名物、五香粉で煮込んだとろけるようなルーローファンの豚そぼろ。

台湾料理の伝道者としてフランスで知られるのが、台北出身のヴァージニア・チュアンだ。パリに住んで20年余り。2003年にはフランス初のタピオカミルクティー専門店の立ち上げに関わり、長年にわたって料理教室も主宰してきた。ここ10年は自身のレストランを拠点に、故郷台湾の豊かな味わいを披露している。

看板メニューは、牛肉麺や人気のグアバオ(刈包)、マスタードリーフとともに煮込んだ豚肉がたっぷり挟まれたブリオッシュなどだ。主役はやはり豚肉で、五香粉で味付けし、とろけるような豚そぼろをご飯にのせた滷肉飯(ルーローファン)、夏の名物「テット・ド・ムッシュ」には、にんにくの茎と黒豆発酵調味料を使ったスパイシーな炒め物が添えられている。また、台湾先住民族の伝統料理である、山椒を効かせた豚バラ肉もメニューに並ぶ。

チュアンは、台湾各地やコミュニティの料理を紹介することにこだわりを持ち、客家(ハッカ)スタイルの炒米粉(ビーフン)も提供。さらに、行者にんにくを加えたネギ餅など、創意を加えたアレンジ料理も人気だ。

落ち着いた木のインテリアに囲まれた空間で、初めて台湾料理に出会うパリの人々も多い。「ひと口で虜になる人が多い」とチュアンは語る。端午の節句には粽(ゾンジー)、旧正月には特別メニューが登場し、季節ごとの楽しみも用意されている。

今後はストリートフードなど、さらに多彩な料理を紹介する予定だという。Foodi Jia-Ba-Buayは、台湾料理の奥深さと温かみを伝える、パリの頼れる入口となっている。

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客家(ハッカ)スタイルの炒め米粉。
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ヴァージニア・チュアンが手がける、行者にんにくを添えた香ばしいネギ餅。

Petite Île
8 Rue des Filles du Calvaire 75003 Paris
営業時間:8時〜18時(火〜土)
9時〜14時30分(日)
休日 月曜
www.instagram.com/petite.ile.paris/


Laïzé
19 Rue de Montmorency 75003 Paris
TEL:+33 9 87 09 15 75
営業時間:12時30分~19時(月〜木、日)
12時30分~22時(金、土)
無休
https://ja.laizeparis.com/


Foodi Jia-Ba-Buay
2 Rue du Nil, 75002 Paris
TEL:+33 1 45 08 48 28
営業時間:12時〜14時30分 19時〜21時45分(月〜水)
12時〜14時30分 19時〜22時00分(木、金)
12時〜15時00分 19時〜22時00分(土)
休日:日曜
www.foodi-jia-ba-buay.fr