「映画をつくりたいと思っていた時間がとても長く、撮りたいシーンが溜まっていく状態でしたが、今回ようやく吐き出せました」
3年前、長編デビュー作『PLAN 75』で第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・特別表彰を受賞し、海外からも注目を集める早川千絵。しかしデビュー作を発表したのは40代。映画を夢見て数十年、道のりは長く険しかった。
「映画を撮りたいと思い始めたのは11歳の頃。幼少期から小説家に憧れて、小学4年生で観た小栗康平監督の『泥の河』をきっかけに映画にのめり込みました。子どもが主人公で、経験はあるけれど漠然と言葉にできていなかった感情が描かれていて、シンパシーを感じられることが不思議だった。『こういう映画をもっと観たい』と思って、いろいろ観始めました」
映画への思いは消えず、30代半ばで一念発起して映画学校へ。卒業制作『ナイアガラ』が、さまざまな賞を獲得し、映画製作への道が拓かれた。
前作『PLAN 75』はメッセージ性の強い作品だったが、今作『ルノワール』は対照的。彼女が長年蓄積してきた「映画にしたい」シーンの断片からスタートした。
「初稿を書いたのは『PLAN 75』の準備期間中。コロナ禍で進行が中断してしまい、突然の空白期間に脚本ワークショップを見つけて申し込んだんです。子どもを主人公にした映画を撮りたいと昔から思っていました。あとは、蓄積した撮りたいシーンを書き出して、エピソードをつなぎ合わせてみる。前作はコンセプトが明確で、すべてのシーンの理由を説明できるような作品でしたが、今回は真逆の手法でやりたかった。なにを表現したいのか手探りで始めて、つくりながらだんだんと映画の輪郭が見えていきました」
主人公は11歳のフキ(鈴木唯)。末期がんの父(リリー・フランキー)は退院を繰り返し、母(石田ひかり)は家事と仕事に追われる。静かに崩壊していく家族を前に、フキは目に見えないものを頼りに周囲とつながり、孤独や寂しさ、大人の不完全さを知っていく。
「フィクションですが、父がガンを患っていたこと、妄想ばかりしているところは私もフキと同じでした。自分が死ぬ瞬間を想像したり、おまじないをするのが好きでした。幼少期の頃を思い出し、世界がどう見え、どう感じていたかを表現したいと考えていました」
子どもの目線で描かれるからこそ、大人の不完全さがあらわになる。誰しも完璧ではなく、いたらないところもたくさんあるが、懸命に生きる姿が印象的に映る。
「わりとダメな大人が登場するのですが、この映画を20代で撮っていたらもっと毒のある描き方をした気がします。年齢を重ねて、人に対する見方が少しやわらかくなり、変でも怒ってばかりでも、なんだか〝愛らしいな〞と思える眼差しで描きたかった。歪なところがある大人でも、かつては子ども。その姿を想像したくなるように描きたいと思っていました」
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癒やしや救いがもたらされるその瞬間を伝えたい
コロナ禍で不安を煽るような作品が増えた中、「少しでも光が見えるようなものを撮りたい」と前作のインタビューで語った早川。そんな想いを全面に感じる、夢見る瞬間がちりばめられた今作は、彼女の映画制作への思いを確固たるものにしたのかもしれない。
「暗い映画だと思われるかもしれませんが、実はユーモラスな場面もけっこうあるんです。人生は深く暗い洞窟に入っても、その先にものすごく美しいものがあったりする。フキにとっては、西洋の絵画がそうでした。そんな感動や癒 やし、救いがもたらされる瞬間を見てもらって、ふと自分の見ている景色が変わるような映画だと思ってもらえたらうれしいです。そしてこれからも、自分が観たい映画をつくることに徹したい。制作過程で少しでも疑問を持ってしまったら自分自身が辛いですし、仲間に対しても正直でいられない。周りに惑わされず、自分を貫こうと改めて思いました」
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WORKS
映画『ルノワール』

舞台は80年代郊外。大人と子どもの狭間でゆれる11歳の視点から常識や理想の家族に縛られた不完全な大人たちを描いた作品。2025年、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出。新宿ピカデリーほかにて全国公開中。
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映画『PLAN 75』

高齢化社会が深刻化し、75歳以上の国民に生死の選択権を与える制度が施行された日本の近未来。夫に先立たれ、ひとりで暮らす78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は、プラン75の申請を検討し始める。2022年公開作品。
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映画『ナイアガラ』
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2014年に制作された早川のデビュー作。主人公のやまめは18歳になり、施設を出る直前に祖父母の存在とその衝撃の事実を知る。PFFアワード2014グランプリ、同年カンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門入選作品。
※この記事はPen 2025年8月号より再編集した記事です。