若い世代のコーヒー文化は世界共通? 初上陸「アルケミスト」が日本でも“錬金術”を巻き起こすか!

  • 写真・文:一史
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2025年6月24日(火)にオープンした「ALCHEMIST Aoyama」。シンガポールより日本初上陸。

2010年代から広まったとされるサードウェーブ(コーヒー業界の第3の波)以降のコーヒー周辺には、魅力的なカルチャーがある。モダンに洒落たインテリアの店内、カフェスタッフが着るカジュアルシックな服とスニーカー、キャップを被りヒゲでニュアンスをつけた男性バリスタの顔つき、詩のような言葉で説明されるコーヒーの味、働く時間は朝早くから夕方まで、嬉しそうにタンブラーを持ち歩く客の笑顔……。高級なシングルオリジン(単一品種)の豆を買い付けた若い世代が、自分たちのロースターで自家焙煎。一杯ごとに丁寧にハンドドリップで淹れる店を運営して、街に新しい空気を運んだ。評判を聞きつけた人が遠方からもやってくる憧れのコーヒーショップは、間違いなくカルチャー発信の場だ。

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店内で販売もしているコーヒー豆は、エスプレッソ用のブレンドと、ドリップ用のシングルオリジン。
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焙煎はシンガポールの自家ロースタリーにて。

2025年6月に日本初上陸した「アルケミスト」も、そんな現代的なセンスに満ちたコーヒーショップ。誕生した国はシンガポールである。同国は東京23区ほどの面積ながら、ニューヨーク、ロンドン、香港に続く国際金融センターでもある。民族は中国系が約7割を占めつつも、他民族と平等の政策が掲げられているお国柄だ。
アルケミストは16年にスタートし、25年現在では同国に11店舗を設けるまでに成長。歴史的建造物、モダンなショッピングモール、一等地のオフィスビルなどロケーションにもこだわりブランドイメージを高めてきた。各店ごとに異なる内装とインテリアも注目され、デザイン面でも新店ができるたびに話題を呼んでいる。

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植物が生い茂り空気がきれいに感じられる2階。向かい側の人を視界から遮れるプライベート気分の空間だ。

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1階のカウンターは高さが低めで、客との境界線を曖昧にする。バリスタとの会話が弾むように工夫された。
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店の正面近くが、豆の陳列棚と注文するレジカウンター。

扱うコーヒーの淹れ方は主にエスプレッソとハンドドリップに大別される。エスプレッソには甘みを引き出すブレンド豆が使われている。エスプレッソを使ったドリンクはシンガポールでポピュラーなコーヒーのスタイルだ。もうひとつのハンドドリップでは、厳選されたシングルオリジンを使用。特にこの特別な豆によるハンドリップのスタイルが、シンガポールのコーヒー好きの心に響いたようだ。
エスプレッソもハンドドリップも、その日の豆の状態、気温、湿度などを読み取り微調整するバリスタの腕で味が決まる。店名のアルケミストとは英語で錬金術師のこと。バリスタの日々の仕事と職人技に経緯を表してこの名がつけられた。バリスタたちがコーヒー豆を選別し、黄金のように魅力的なドリンクに変えることを錬金術になぞらえている。

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店の立地は表参道から徒歩7分、渋谷駅から徒歩10分ほどの場所。両方の街をつなぐメイン通りである246号沿いにある。
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エスプレッソマシンは、ラ マルゾッコの「リネア PB-3」。セミオートタイプで、日本で購入するなら300万円以上するマシンだ。
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基本的なメニュー表。左側がドリンク名で、右側が価格。下段の「FILTER(フィルター)」以降の3点以外はすべてエスプレッソをベースにしたドリンク。
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豆選びの液晶メニュー画面も英語ベースの表示のみ。読むことさえ困難な名称がずらりと並ぶ。「バリスタに質問してコミュニケートしてほしい」という狙いなのだろうが、ここは日本人客への優しさを踏まえて日本語表示へのローカライズにも取り組んでほしいところだ。客が言葉を理解する時間が減れば、会計もスムーズに進む。

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お披露目イベントに登壇した創設者でオーナーのウィル・レオ(左)さんと、シンガポールの全店舗で働いた経験を持つ日本マネージャーのカナさん(右)。

日本での進出にあたり、東京が最初の街に選ばれた。まず2店舗からスタートする。ひとつは最寄り駅が表参道の渋谷(国道246号沿い)「ALCHEMIST Aoyama」、もうひとつは浅草駅から徒歩数分の浅草(オレンジ通り沿い)「ALCHEMIST Asakusa」である。入居したビルはAoyama店が22年の竣工、Asakusa店が25年の新築である。クリーンな場所選びにも彼ららしいセンスを感じる。
6月30日(月)オープンのAsakusa店に先立ち、24日(火)にオープンしたAoyama店で一部メディアへのお披露目イベントが開催された。創業者のウィル・レオ(Will Leow)さんをはじめ本国チームが登壇したこの日の様子をお届けしよう。

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豆の個性をしっかりと味わいたいなら、ハンドドリップをオーダーしたくなる。アルケミストが追求する「コーヒーの甘み」を引き出す淹れ方だ。
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熱いコーヒーのガラスサーバーに氷を入れて撹拌し、さらに氷入りのカップに注いでアイスが完成。

今回試飲したのはバリスタが淹れたハンドドリップのホットとアイス。ホットの豆はウォッシュド精製の「エチオピア コチャレ」で、アイスはアナエロビックナチュラル精製の「エチオピア イルガチェフェ」。もちろんどちらも極上の味わいだった。
コチャレはときおり苦みを漂わせつつ華やかな酸味が舌に広がっていく。イルガチェフェは発酵製法ならではの強烈なパンチがアイスでほどよくまろやかになり、ベリージュースのようにフルーティ。どちらも焙煎から間もないフレッシュさを実感したことも印象的だった。シンガポールから輸入した豆でも実に瑞々しい。イベントのウェルカムドリンクとして来場者に配られた作り置きのホットコーヒーでさえフレッシュだった。おいしい味しか客に提供しない気概が感じられた素敵な体験だった。

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客自身がトレイを運ぶセルフサーブスタイル。小腹がすいている人のために上質なデニッシュも用意されている。
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あえて目立たないようにカウンター内部に見本が並べられたパン類。製造は同じ青山エリアに店がある大人気のゴントラン・シェリエ。

パフェのように装飾的な甘いドリンクは提供しない。甘いのはモカ(ホット、アイス)とチョコレート(ホット、アイス)くらいである。コーヒー豆の個性を最大限に引き出したドリンクを飲んでもらうのがアルケミストの提案だ。カフェと呼ぶよりコーヒーショップの名称のほうが似つかわしい。
フードメニューも数種類のデニッシュ系パンのみ。そのパンも目立たないところにあり、入店した人でないとパンがあることさえ気づきにくくしている。あくまでもコーヒーの店という打ち出しなのだ。

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右は自宅や職場で気軽に楽しめるブレンド豆のドリップバッグ5個入り「Lumos」 ¥2,300。左は品揃えが常に入れ替わっていくシングルオリジンの豆。掲載品はドリップ用でナチュラル精製の「Sito 5 Estrellas」 150g ¥3,400。
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バリスタの育成、コーヒー廃棄物のアップサイクルにも熱心に取り組むウィル・レオさん。

シンガポール焙煎のスペシャルティコーヒー、他ショップでの深い経験を持つ優秀なバリスタたち、日本独自の店舗デザイン、などのコーヒー好きを魅了する要素満載のアルケミスト。それでも店内には誰もが気軽に立ち寄れるリラックスしたムードが漂っている。来日した本国のスタッフたちも、日本のコーヒーショップにいそうな物腰と服装。誰が本国スタッフなのか判別できないほど、自然光が差し込むこの明るくクリーンな店に馴染んでいた。
一方で客がここでドリンクや豆をオーダーするときに、豆の産地をそのまま商品名にしていない複雑なメニューに戸惑うこともあるかもしれない。ドリンクの「BLACK」(エスプレッソのお湯割り)や「WHITE」(泡だてミルク入りエスプレッソ)も、日本では知る人ぞ知るメニューだろう。「FILTER」もせめて「HAND DRIP」と言い変えるだけで味をイメージしやすくなる。英語表記に加え名称のわかりにくさで、この店を敷居が高く感じる人もいそうだ。だがそんなときはあまり悩まず、素直に味の傾向をスタッフに尋ねよう。きっとわかりやすく教えてくれるはず。
Aoyama店は青山学院大学がすぐ近くにある立地。周辺で働く人のために朝8時から営業している(閉店は夜7時)。この先にコーヒーに興味津々の大学生たちも訪れるようになるだろう。シンガポールで名を馳せたこのコーヒーショップから、コーヒーカルチャーに目覚める人が出てくるに違いない。

ALCHEMIST Aoyama

東京都渋谷区渋谷2-1-9 COERU 渋谷ビル 1、2F
営業:8時〜19時
無休(年末年始は未定)
https://alchemist.global/ja-jp

 

 

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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