幕は開き、物語が始まる――。フェラーリ「ローマ・スパイダー」という名の劇場型エレガンス【第224回 東京車日記】

  • 写真&文:青木雄介
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最高速度は時速320km。クラシカルな美と現代的な技術を融合したオープンクーペ。

キャンバストップを開けると、空は舞台装置になる。フェラーリの「ローマ・スパイダー」は、その仕掛けをきわめて演劇的に感じさせる。オープントップであることは、舞台の演出装置として機能すると同時に、このクルマに宿るスピリッツの証でもある。

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フロントスプリッターからリアディフューザーまで空力を徹底設計。ダウンフォースを犠牲にせずCd値を低減している。

このクルマにとって、走ることは単なる機能ではなく魅せるための演技でもある。風、音、風景、視線。すべてが観客であり、共演者になる。そして美しい佇まいは、ヒロインのそれに他ならない。もちろん色褪せることはないだろう、永遠なのだと確信できる。

フェラーリのFRレイアウトにおいてキャンバスルーフは、あの「デイトナ・スパイダー(365GTS4)」以来、実に54年ぶりの復活だそう。「ローマ・スパイダー」のテーマは、ちょうどその頃のローマである。一言でいえば“エネルギッシュな混沌(カオス)の時代”。カトリック的な倫理観と封建的な貴族文化の名残、戦後復興がもたらした経済的な繁栄に、アメリカ文化の波。そして地方からの人口流入が続くなか、古都ローマは因習と革新がせめぎ合いながら膨らんでいった。

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デュアルコクピットのセンターコンソールは湾曲設計で手の動線に沿う配置。現代フェラーリの機能美を体現。

そうした文脈の中で、映画監督フェデリコ・フェリーニは『甘い生活』で、ローマの夜をさまよう虚無と官能をドライに描き出してみせた。主人公を演じるマルチェロ・マストロヤンニが英国製オープンカーを駆って夜の街をさまようその姿は、映画のみならずファッションやデザインで世界を席巻していく、ローマという都市の胎動を象徴している。そのオープンカーである「トライアンフTR3」もまたキャンバストップだった。

「ローマ・スパイダー」は、そんな夜明け前の漆黒を時代の残り香として現代に呼び戻す。ピュアな走行性能の中に、揺らぎのような美学を忍ばせる。このクルマはデザインや走りにおいて、すべてが無意識でいるように見えて完璧に演じられている。

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13.5秒で開閉可能な電動ソフトトップと、ボディと一体化したウィンドディフレクターを装備していて、オープン時に風の巻き込みを抑える。

走りは、個人的に後輪駆動のオープンカーの理想形だと思えた。理想は速さだけを追求したスポーツカーの美徳がそのまま当てはまるものではない。むしろ、わずかな“揺らぎ”が意識的に演出されていると感じたんだ。

クーペと比べれば剛性では一歩譲るものの、それがむしろ走りにしなやかさをもたらしている。磁性流体式サスペンションが路面をいなし、ステアリングはフェラーリらしいわずかなオーバーステア傾向を保ちつつ、躍動感たっぷりにコーナーを駆けていく。デュアルクラッチ・トランスミッションは正確で、カーボンパドルのクリック音とともに小気味良くテンポを刻みながら、パワーバンドの高い波をスイッチするように乗りこなしていく。 

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ドライサンプ方式とフラットプレーンクランクの組み合わせで、重心を下げつつ高回転型V8の鋭いレスポンスを実現した。

ドライブモードをレースに入れれば、進化したサイドスリップ・コントロール(SSC6)とフェラーリ・ダイナミック・エンハンサーによる統合制御が見事に機能し、テールが滑り出す直前のあの瞬間の緊張と快感が溶け合う、うっとりするような動的調和を再現する。

そしてアクセルを深く踏み込めば、抑制されたサウンドトラックの奥から、V8エンジンの咆哮が響き渡る。7,500rpmを目指して駆け上がる、そのスピード感とダイナミズムは物語のクライマックスだ。このクルマは一歩引いたところで、押しつけることなくドライバーの感受性にゆだねる。そのエレガンスの本質は、マナーにこそ宿る。

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可変ステアリングとマルチリンクサスペンションによって、応答性と安定性を高次元に両立している。

「ローマ・スパイダー」は、自分がフェラーリであることの確信に満ちている。そしてドライバーはステアリングを握るたびに、自分が“演者”になっていることに気づかされるだろう。キャンバストップを開けさえすれば劇場が広がる。街も、海岸線も、熱帯の湿気をはらんだ風さえも、すべてが演出された一幕になる。

このクルマは、ただ美しいのではない。その存在の美しさによって、演じ続ける覚悟を観る者たちに示してさえいる。演じ続ける人生は、道のように続いていく。その姿に、フェラーリが考える「美」と「喜び」と「誇り」と「愛」のかたちが見えてくる気がした。

フェラーリ ローマ・スパイダー

全長×全幅×全高:4,656×1,974×1,306mm
排気量:3,855cc
エンジン:V型8気筒ツインターボ
最高出力:620ps / 5,750-7,500rpm
最大トルク:760Nm / 3,000-5,750rpm
駆動方式:RWD(フロントエンジン後輪駆動)
車両価格:¥34,360,000~
問い合わせ先/フェラーリジャパン
www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-roma-spider