今月のおすすめ映画①『秋が来るとき』
巨匠が描き出す、人生の晩秋に見える景色

『8人の女たち』などいくつもの代表作を持つフランソワ・オゾン監督の新作の主人公は、80歳のミシェル。ひとりで暮らす家のインテリアは温かい空気に満ちていて、小さな菜園で育った野菜を収穫する日常は、とても穏やかなものに見える。しかし遠くからは雷鳴が聞こえ、秋を迎えたブルゴーニュを舞台にした物語はしだいに不穏なサスペンスの顔を見せ始めるのだ。
パリからやって来た娘と孫に振る舞ったキノコ料理をきっかけにあらわになるのは、ミシェルの過去の生業とそれを受け入れられない娘との仲や、孫への深い愛情。親友とのつながりと彼女の息子との関係も複雑に交差して、ついにある事件が起こる。亡き者が現れる超自然的な場面やミステリー、女同士の連帯やセクシュアリティについてのさりげない描写もオゾンらしいが、シニカルなユーモアは控えめ。実りの時期が過ぎ、人生の晩秋から冬へと向かう時間を、じっくりと描き出している。
親友が自分の息子について「良かれと思ったことが裏目に出る」と語った時、ミシェルは「良かれと思うことが大事よ」と答える。この言葉をどう受け取るかによって、この映画の印象のみならず自分自身の人生観が浮き彫りになるかもしれない。
冒頭で描かれていたのは、教会でマグダラのマリアについての説教に耳を傾けるミシェルの姿だ。深い森の奥へと分け入っていく赦しと寛容をめぐる物語は、矛盾を抱えた人間をジャッジすることのないオゾンの円熟味を感じさせる。謎は謎のまま横たわり、真実の行方は観る者に委ねられる。語らずして語るオゾンの作家性と、秘密を抱える覚悟を決めた主人公の生き方が重なり合った時。この映画は、人生はままならないことも含めて美しいものなのだと、そっと語りかけてくる。

『秋が来るとき』
監督・脚本/フランソワ・オゾン出演/エレーヌ・ヴァンサン、ジョジアーヌ・バラスコほか
2024年 フランス映画 1時間43分 5/30より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『国宝』
芸を極めた先に、待つものとは?吉田修一の傑作長編小説を映画化

任侠の一門に生まれ、親を殺され歌舞伎役者の部屋子となった喜久雄。名門の御曹司として未来を約束されていた俊介。正反対のふたりが出会い、芸の道を極めるためにすべてを捧げていく。吉田修一の芸道小説を『フラガール』の李相日監督が映画化。若き実力派、吉沢亮、横浜流星のもとに渡辺謙ら日本を代表する俳優陣が集結。『アデル、ブルーは熱い色』のソフィアン・エル・ファニが撮影を担い、美しくも数奇な運命をスクリーンに焼き付ける。
『国宝』
監督/李 相日出演/吉沢 亮、横浜流星ほか
2025年 日本映画 2時間55分 6/6より全国東宝系にて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『ルノワール』
『PLAN 75』で注目の監督がすくい取る、子どもと大人の間でゆれる少女の眼差し

80年代。両親と郊外に暮らしている11歳のフキ。闘病中の父と仕事に忙しい母との関係はすれ違い、フキの毎日にも少しずつ変化が訪れる。大人をたじろがせるほど感受性豊かな少女の眼差しを映し出したのは、『PLAN 75』で第75回カンヌ国際映画祭カメラドール特別賞に輝いた早川千絵監督。コンペティション部門に出品された本作では、子どもと大人、生と死、光と影の狭間にあるものを繊細にすくい取り、忘れがたいひと夏の物語を描き出す。
『ルノワール』
監督・脚本/早川千絵出演/鈴木 唯、石田ひかりほか
2025年 日本・フランス他6カ国合作映画 2時間2分 6/20より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2025年7月号より再編集した記事です。