“本物”のマドラスとは? 1980年代にブームとなった、プレッピースタイルを象徴するチェック柄の真髄

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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夏のプレッピースタイルに相応しい軽やかな着心地を備えたマドラスチェックのジャケット。素材はインドで手織り職人が丁寧に織り上げた希少なマドラスで、熟練の縫製職人が一点一点生地を裁断し、縫製している。『プレッピー・ハンドブック』では、本物とイミテーションのマドラスの違いを「色が泣くこと」と解説されているが、泣くは英語で「bleeding」と書き、着るほどに色が褪せていく。経年変化もマドラスの大きな特徴だ。ジャケット¥63,800、帽子¥20,900/ともにオリジナル マドラス トレーディング カンパニー

大人の名品図鑑 サマープレッピー編 #1

プレッピーとは、アメリカの名門私立学校=プレパラトリースクール(略してプレップスクール)に通い、有名大学を目指す学生たちのこと。彼らの装いを参考にしたスタイルも“プレッピー”と呼ばれ、これまで多くのデザイナーやブランドの着想源となってきた。今回はこのプレッピースタイルと、その装いに欠かせない名品たちを掘り下げて紹介する。ポットキャスト版を聴く(Spotify/Apple)

“プレッピー”という言葉がファッションの文脈で広く語られるようになったのは、1970年代末から80年代初頭にかけてのこと。その火付け役となったのは、1980年11月にアメリカで出版された書籍『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』(原題:『THE OFFICIAL PREPPY HANDBOOK』リサ・バーンバック著、以下『プレッピー・ハンドブック』)である。日本語版も翌年6月に講談社から刊行されているが、実はそれに先立ち、雑誌『メンズクラブ』の1979年12月号では、表紙に「What is PREPPIE?」と掲げたプレッピー特集が組まれていた。ちなみにこの当時、“preppie”と“preppy”はほぼ同義語として使われており、当初は“preppie”表記のほうが一般的だったようだ。

『メンズクラブ』の動きに話を戻すと、同誌は『プレッピー・ハンドブック』の刊行以前から、プレッピーが流行する兆しをいち早く察知していた可能性が高い。デーヴィッド・マークスが2017年に著した『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』(DU BOOKS)にその経緯が記されている。曰く、1979年初夏、『メンズクラブ』編集部はヴァージニア大学の学生、トム・シャドヤックが登場する風刺ポスター「Are You a Preppie?(キミはプレッピーか?)」を目にした。そこには「角縁の眼鏡、立てたアイゾッドカラーにボタンダウンシャツを重ね、丈の短いバギーなカーキズボンと、素足にL.L.ビーンのダックシューズという出で立ちをした“ナサニエル・エリオット・ワシントンⅢ世”が描かれていた」とある。そのポスターを見て『メンズクラブ』編集部は即座にプレッピーのなんたるかを理解し、アメリカの学生たちに人気のあったトップサイダーなどのブランドを、購入可能なアイテムとともに誌面で紹介したという。

こうして『メンズクラブ』は独自のアンテナでプレッピーの兆しを捉え、1980年にアメリカで『プレッピー・ハンドブック』が刊行されると、ブームは一気に加速。ラルフ・ローレンやトミー・ヒルフィガーといったブランドも次々とプレッピー的なアイテムを打ち出し、ムーブメントを後押しした。日本では1978年のVAN倒産以降、新たなファッションの方向性を模索する時期でもあり、シップスやビームスなど輸入品を扱うセレクトショップの登場も追い風となって、アイビー&トラッドスタイルは“プレッピー”という新たなステージへと進化を遂げていった。---fadeinPager---

インドで仕立てられた、“本物”のマドラス

さて、話を『プレッピー・ハンドブック』に戻そう。この書籍は『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストで38週連続1位を記録し、日本語版も10万部を売り上げた。アメリカの富裕階層に属するプレッピーたちのライフスタイルや価値観をユーモラスに綴ったこの一冊は、日本のファッション好きにとってもプレッピースタイルのバイブルとなった。その中でも特に注目されたアイテムのひとつが「マドラス」だ。本書のカバーにもマドラスチェックがあしらわれ、CHAPTER4の冒頭ではこう記されている。

「典型的にプレッピーと言える素材を一種類選ぶとすれば、それはマドラスです。もちろん本物のマドラスです。本物とは、インドのマドラスから輸入された、目の細い手織布で、最も古くから作られている布地のひとつです」

マドラスとは、現在のインド・チェンナイにあたる都市の旧称である。インドではインダス文明の時代から綿花栽培が盛んであり、この地で労働者向けに織られた布がマドラスの起源とされる。当初は白地に青の縞柄が主流だったが、やがてチェック柄が生まれたのは、長年イギリスの統治下にあった影響だとされている。また、インドを起源に持つことから「インディアマドラス」が正式な名称である。

今回紹介するオリジナル・マドラス・トレーディング・カンパニーは、そんな本物のマドラスをいまなお手織りで製作するインドでも貴重なメーカーだ。筆者は数年前、同社のオーナーと偶然話す機会があったが、彼は「手織りでマドラスを織っているのはもはや私の会社だけです」と語っていた。同社のHPには次のような記述がある。「1970年代初め、祖父がトランク一杯のマドラスチェックをニューヨークに持ち込み、設立した会社です。エンパイアステートビルを望む38番地でした」。同社の手織り生地は、機械織りに比べて30~40倍もの時間がかかり、1メートルを織るのに2~3時間を要する。ルーツであるインドの地で、手織りによって丁寧に仕立てられた一着のジャケット。そこには、プレッピーが“本物”と認めた「インディアマドラス」の真髄が宿っている。---fadeinPager---

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身頃の裏側のポケットに付けられたオリジナル マドラス トレーディング カンパニーの織りネーム。同社のニューヨークの住所が刻まれている。アメリカの有名ブランド、例えばラルフ・ローレンやブルックス・ブラザーズなどのマドラス生地もこの会社がインドで織っている。

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生地は2種類の異なる糸を組み合わせ、高密度ながらも軽量な構造を実現したマドラスで、軽やかな着心地に仕立てたモデル。後ろ身頃に入ったセンターベントもトラッド好きには堪らないディテールだ。

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裏地のないアンコン仕様の仕立てだが、ヨレやすい袖口には裏地が配置されている。プレッピーはひとつの服を長く着る習慣がある。こうした細やかな気配りはやはり嬉しい。

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本連載の第1回で取り上げたプレッピー的なアイテムはすべて東京・神宮前にあるユーソニアン・グッズ・ストアで扱っているものだ。このショップは、アメリカのカスタムメイドのシャツメーカー、インディビジュアライズドシャツを中心に、アメリカの“本物”を集めている。メインで扱うインディビジュアライズドシャツでもマドラス風のチェックシャツが用意されている。これは、1980年代の生地のアーカイブから復刻させたもので、不規則な節のあるスラブ糸で織られ、表面に凹凸がある。各¥42,900/インディビジュアライズドシャツ

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ニューヨークにあるバッファローの老舗紳士洋品店、オーコネルズで販売されていたプレッピー的なヴィンテージウエア。どれも一点もので、ユーソニアン・グッズ・ストアが特別に仕入れたものだ。右から、マドラス柄のショートパンツ¥22,000、マドラス柄のパンツ¥29,700、テニスモチーフの刺繍入りの白パンツ¥29,700、シアサッカーをベースに刺繍が入ったプレッピー好みのパンツ¥29,700/すべてオーコネルズ

ユーソニアン・グッズ・ストア

TEL: 03-5410-1776
http://usoniangoodsstore.com