2010年のバンクーバー五輪で銅メダル。同年の世界選手権では金メダル。いずれも日本男子初の快挙を成し遂げ、新たな歴史を切り拓いてきたフィギュアスケーター高橋大輔。輝かしい成績もさることながら、クラシックやオペラ、ラテンなど王道とも言える曲はむろん、ヒップホップ、オルタナティブ、ブルースなど従来にはない楽曲を自在に表現し、唯一無二のスケーターとして存在感を放った。競技から退いた後も、プロとしてアイスショーで活躍を続け、光に曇りはない。スケート歴は実に31年を数える。
「ここまで続けてこられた理由は『これしかできない』と思えたからだと思いますね」
そう感じたのは、2014年に一度目の引退をした後だと言う。
「スケートしかできないことが嫌」で、新たな世界を模索したが見出せなかった。そこで気づいたのは「自分を表現できるのはやっぱりスケートなんだ」ということ。18年に復帰、のちに村元哉中をパートナーとしてアイスダンスに転向し世界選手権に出場するなど、活躍を続けた。
表現の幅を広げてきたひとつに17年から行ってきた、氷上の舞台公「氷艶」がある。そこでは滑るのみならず、台詞とともに役柄を演じ、歌も披露する場面がみられた。7月には演出に堤幸彦、共同主演に増田貴久を迎え、古代日本を舞台とする「氷艶 hyoen 2025― 鏡紋の夜叉―」を開催するが、さらなる進化を期している。
「お芝居の部分もこれまでいろいろやらせていただいて、初心者ではなくなった部分もありますし、俳優さんたちの中で、自分も俳優だと思ってもらえるように、と気合いが入っています。自分で自分にプレッシャーをめちゃくちゃかけています」
活動の領域は氷上にとどまらず、マンションや枕のプロデュースなど幅広い。今夏公開の『蔵のある街』では、自身初となる映画への出演も果たした。スケートしかできないのが嫌だ、と模索しても見つけられなかった世界が、スケートにこだわってから広がっていることに感慨を抱く。
「本当にスケートを軸にやっていこうとなってから、いろいろな道が開けていきましたね。純粋にスケートを楽しんでやっていることでなにか伝わるものがあって、お話をいただけているのかもしれないです」
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スケートにこだわって広がった表現の世界
スケートを中心にしつつ、活躍の幅を広げる原動力は、表現することへの強い思いだ。
「表現するのも観るのも好きです。観たいと思えるものは、努力だったりテクニックだったり、バックグラウンドがしっかりとあって成り立っていると思います。自分が表現をする時もバックグラウンドをつくっていくのが楽しいし、創り上げていく過程などを含めて表現することって、すごく面白いなと思います」
表現へのこだわりは選手時代から一貫する。だからこそ「表現者」として名を馳せてきた。
「そう言っていただけるのはうれしいです。でもスケートに限らず、いろいろなエンターテイナーの方たちが、世界にはたくさんいるじゃないですか。だから、自分はまだまだだなと思うことがほとんどです。『表現者』と言っていただいて、ありがとうと素直に受け入れるようにしていますが、僕は自ら『表現者』とは言えないですね」「まだまだ」と思うのは、高橋の表現へのあくなき探究心の裏返しでもある。
「ミュージカルやストレートプレイなど、舞台だったり、ドラマや映画、表現にかかわってくるものでやりたいことがたくさんあります。なによりも、今後もエンタメの世界にいたいという思いが強くありますね。そのためには、なにができるのか、多分やってみないとわからないと思うんです」
スケートを主としつつ、表現を通じて世界を横断していこうとする高橋は、表現者として生きるとともに、スケーターの新たな道筋を創り上げている。
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WORKS
「氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉-」
高橋が主演を務める、日本文化とフィギュアスケートが融合したアイスショー。第4弾となる今作は、W主演に増田貴久、演出に堤幸彦、音楽にはSUGIZOを迎え、「桃太郎」の元となった「 温羅伝説」をベースにした物語となっている。7月5~7日、横浜アリーナで開催。
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「フレンズオンアイス2025」
荒川静香が中心となって2006年から横浜で開催されている夏恒例のアイスショー。19回目となる今年は、荒川、高橋、ステファン・ランビエルなどをはじめ、国内外のトップスケーターが出演する。8月30~31日、新横浜スケートセンターで開催される。
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『蔵のある街』

高橋の故郷である倉敷を舞台とした作品で映画に初出演を果たした。「倉敷美観地区にある小高い山から花火を打ち上げる」という約束の実現に奔走する少年・少女の姿を描く中に、倉敷の魅力も感じられる。8月22日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー。
※この記事はPen 2025年7月号より再編集した記事です。