日本で「ファーストフード」と聞くと、ハンバーガーのチェーン店を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。一方、フランスではその概念が少し異なります。ケバブやタコス、パスタ、寿司、弁当など、短時間で食べられ、持ち帰りもできるレストラン全般を指すことが多いようです。
美食の国フランスでも、ハンバーガーは根強い人気を誇っています。ケバブやタコスは若者を中心に支持されていますが、メニューが豊富なハンバーガーチェーンは、幅広い年齢層に利用されています。中でも、マクドナルド・フランスでは、これまでのファーストフードの枠にとらわれない新たな取り組みを始めています。
“使い捨てない”という選択、フランス発テーブルウエアの静かな進化
まず驚かされたのは、2023年1月からフランス全土のファーストフード店で導入が始まった、リユース可能なテーブルウエアのデザインです。これまで親しんできた紙のパッケージのイメージを残しながらも、違和感のないルックスに仕上がっていて、むしろ愛着が湧くような佇まいでした。マクドナルドだけでなく、クイックやバーガーキング、KFCなども同時に使用を始めていますが、その中でもマクドナルドの新しいテーブルウエアは、導入前から注目を集めていました。
この背景には、フランス政府が22年に施行した「サーキュラーエコノミーのための廃棄物防止法(Loi AGEC)」があります。政府は2040年までに使い捨てプラスチックの使用をなくすという目標を掲げており、その一環として、23年1月からは20席以上あるファーストフード店での店内飲食は、リユース可能なテーブルウエアの使用が義務化されました。それに先駆けて、マクドナルド・フランスはパリのデザインスタジオ「elium studio」とタッグを組み、2年以上をかけてテーブルウエアの開発を進めてきたのです。
elium studioは、スマートウォッチや体温計、ベビーカーといった日用品から、パリのメトロに設置されている電光掲示板「PANAM」まで、日常に寄り添うプロダクトデザインを手掛けるスタジオです。今回のテーブルウエアでも、誰もが見慣れたマクドナルドの紙パッケージをベースにしつつ、モダンで機能的なアプローチを加えています。
セラミックやガラスから着想を得たというデザインは、ファーストフードでありながら、「きちんと食事の時間を楽しむ」ことに重きを置いたもの。こうした感覚は、食へのこだわりが深いフランスらしさとも言えるでしょう。
2021年の夏には、フランス国内の8店舗でテストマーケティングが実施され、利用者の声を反映しながら最終デザインが仕上げられました。こうした丁寧なプロセスからも、本気度が窺えます。


テーブルに美意識を。マクドナルドが変えた“食べる”風景
実際に店内でトレイを受け取ってみると、驚くほど自然に手に馴染みます。冷たい飲み物用のカップやフライドポテトの容器には、持ちやすさを考えたギザギザの凹凸があり、手が滑りにくく工夫されています。しかも、容器の破損や変色、におい移りといった劣化も気になりません。使われている素材は「トリタン」と呼ばれるBPAフリーのプラスチック樹脂で、水筒や哺乳瓶、キッチン用品など、すでに600以上の製品に使用されている信頼性の高いものです。
店舗ではこのテーブルウエアを、60℃で洗い、80℃ですすぐ高温の食洗器で洗浄しているそうです。こうした条件下でも劣化が見られないことから、この素材が採用されたとのこと。見た目だけでなく、安全性や衛生面でも、しっかりと配慮されているのです。
実際のところ、このテーブルウエアはすべての店舗で導入されているわけではありません。というのも、食洗器を置くスペースの確保など、設備面でのハードルがあるからです。それでも、23年5月30日時点で、フランス国内のマクドナルド1535店舗のうち、およそ90%にあたる1370店舗が導入済みとなっています。かなりのスピードで展開が進んでいるのは確かです。
一方で、導入前から懸念されていた“あの問題”も現実になりました。盗難の問題です。「マクドナルドの新しいテーブルウエアは、フランスで最も盗まれている」と報じた記事もあるほど。その気持ちもわからなくはないほど、しっかりとしたつくりで、デザインの完成度も高いのです。
対策として、容器の底には位置情報を認識できるチップが貼られており、店内のゴミ箱に誤って捨てられても検知できるようになっています。ある店舗では、「持ち出すと場所が特定されます。お持ち帰りはご遠慮ください」と書かれた張り紙が掲げられていました。もっとも、実際にはチップで追跡できるのは店内だけで、外に出てしまえばその機能は働きません。とはいえ、これほどまでに“欲しくなる”というのは、裏を返せば、それだけこのテーブルウエアが魅力的であるということ。ある意味で、デザインの成功を物語っているとも言えるでしょう。


店内ゴミ箱には、リユーズのテーブルウエア回収ボックスが設置され、店員が定期的に回収。60℃で高温洗浄と書かれている。

観光と日常の交差点、進化するマクドナルド・シャンゼリゼ店
パリで最も象徴的な通りといえば、やはりシャンゼリゼ大通りでしょう。大統領官邸や名だたるパラスホテル、高級メゾンが軒を連ねるこの通りは、国家的な式典やスポーツ選手の凱旋パレードなども行われる、まさに“フランスの顔”とも言える場所です。コンコルド広場から凱旋門まで続くこの美しい並木道には、世界中から観光客が訪れます。
その凱旋門のすぐそばにあるのが、マクドナルド・シャンゼリゼ店。実はここ、全世界のマクドナルドの中でも売上ナンバーワンを誇る店舗なのだそうです。店内には380席が用意され、1日あたりおよそ5000人が来店、250人ものスタッフが働いています。言語を選べるオーダー用の液晶パネルが16台設置されており、観光客でもスムーズに注文できる仕組みです。さらに、近隣のビジネスパーソン向けには、店舗専用のオーダーサイトも用意されていて、効率的な回転を支えています。
提供されるメニューも特別です。店舗限定のオリジナルバーガー「Signature by McDonald’s」や、5種類のサラダが並ぶサラダバー、冷たいデザートやドリンクを楽しめるマックカフェなど、ちょっと一息つきたいときにも使える仕様になっています。食事だけでなく、休憩や打ち合わせなど、使い方の幅も広がっています。
さらに、専用サイトで会員登録をすれば、グループでの予約やイベント貸し切りも可能です。企業とのコラボイベントや、ハロウィーンなどの季節ごとの催しなど、シャンゼリゼ・マクドナルド独自のイベントもいくつか企画されており、「あの店に行ってみたい」と思わせる理由のひとつになっています。



“フェーブ”が当たる、マクドナルドのエピファニーの日
ユニークな企画のひとつが、2024年からスタートした「エピファニーの日」のイベントです。エピファニーとは、キリスト教における祝祭のひとつで、イエス・キリストの顕現を祝う日とされています。フランスではこの日、家族や友人と一緒に「ガレット・デ・ロワ」と呼ばれるアーモンドクリーム入りのパイを食べるのが習わしです。
このガレットには、「フェーブ」と呼ばれる“小さな陶器のチャーム”がひとつだけ隠されています。フェーブは店ごとにデザインが異なり、中にはアーティストによる手づくりのものもあります。毎年デザインが変わるため、集めている人も多く、中にはお目当てのフェーブを手に入れるために、いくつもガレットを買う人もいるほど。ガレットの味もさることながら、フェーブもそれと同じくらい大事な存在なのです。
伝統的な楽しみ方としては、一番年下の子がテーブルの下に隠れ、誰にどのピースを配るかを目隠しのまま決めていきます。そして、フェーブが入っていた人は、その日一日「王様」や「女王様」となり、紙の王冠をかぶって祝われます。大人でもフェーブが当たるとうれしいもので、職場や学校給食でもガレットが振る舞われるため、この時期は何度もガレットを食べる機会があります。宗教的な行事ではあるものの、誰にとっても親しみのある、フランスならではの風習です。
そんな伝統を、マクドナルド・シャンゼリゼ店では独自の形で展開しました。25年は1月6日(年によって日付は変動)限定で、ハッピーセットを含むセットメニューを購入し、当たりシールが付いていた人は、マクドナルド製品の「ミニチュアフェーブ」がその場でもらえるという仕組みです。今年のフェーブは「ビッグマック」と「フライドポテト」の2種類。インスタグラムでは「当たりは200以上あります」と告知され、イベント開始前から話題になっていました。
このフェーブを制作したのは、昨年に引き続きパリ在住のセラミックアーティスト、オードレー・ジャコミーニ(Audrey Giacomini)さん。ガレット・デ・ロワが大好きな彼女は、「La Boulangerie Sain」や「Aki Boulangerie」など、多くのパン屋のフェーブも手掛けており、熱心なファンも多い方です。彼女の作品は、フェーブを集めていない人でも「欲しい」と思ってしまうほど。一つひとつ手作業でつくられたその完成度は、昨年からすでに話題になっていました。
当日、私たちも店舗を訪れてみました。入り口から注文用の液晶パネルまで、店内のいたるところでイベントの映像が流れ、フェーブが主役の空間になっていました。近くにいた女性は、「このフェーブがどうしても欲しくて遠くから来た」と話し、スタッフに詳しく対象商品などを尋ねていました。私たちも試してみましたが、残念ながら当たりませんでした……。特別にフェーブを見せてもらうことができたのですが、その再現度は本当に見事でした。オードレーさんのInstagramには制作過程の様子も紹介されており、色や形の表現、ディテールへのこだわりがよく伝わってきます。
宗教的な由来ながらも、みんなで楽しめるイベントとして広く親しまれているエピファニー。その祝祭を「ガレット・デ・ロワ」ではなく、「マクドナルドのセット」で体験させてくれるという発想が、とてもマクドナルド・フランスらしくてユニークだと感じました。


「どう食べるか」という、フランスの美意識と流儀
これらの事例から見えてくるのは、「また来たくなるマクドナルド」をつくり出す、フランスならではのデザイン戦略です。単に商品のクオリティを高めるだけでなく、そこにユニークな体験の設計が加わることで、日常の食事の中に“特別な時間”が生まれています。
食への意識が高いフランス人は、たとえファーストフードであっても、その場の空間や体験にもこだわります。テーブルウエアひとつとっても「どう食べるか」に対して美意識が貫かれていて、そこにはフランスらしいセンスが垣間見えます。
実際に私たちが、「このテーブルウエアはフランス限定で、日本ではまだ使われていません」とフランスの方に説明すると、皆さん一様に驚かれます。「日本のような先進国で、まだ使い捨てをしているの?」という反応が返ってくるのです。前述の通り、フランスでは22年に施行された法律によってプラスチック削減が進められていますが、こうした制度が整うことで、人々の意識も少しずつ変わってきているように感じます。
日本で同じように、ファーストフードにリユース可能なテーブルウエアを導入するには、衛生面やオペレーションなど、さまざまな課題があるかもしれません。しかし、「食べる」という日々の営みに、少しの意識変化を加えていくことが、暮らしや社会のあり方にまで波及する──。そんなヒントが、このマクドナルド・フランスの取り組みのなかに詰まっているように思えます。


ブランディング・ディレクター
NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
Twitter / Official Site
NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
Twitter / Official Site