偉大な思想家や哲学者から学ぶ、新たな発想を生む“歩き方”【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】『歩くという哲学』

  • 文:印南敦史(作家/書評家)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『歩くという哲学』

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フレデリック・グロ 著 谷口亜沙子 訳 山と渓谷社 ¥2,640

歩くことを単なる運動と捉えている人は少なくないだろう。かくいう私も同じで、心のどこかでは「健康維持のための義務的行為」だと感じていた。冒頭の「歩くことは、スポーツではない」という主張を目にして、それに気付かされた。本書において哲学者である著者は、世界に影響を与えた思想家、哲学者、作家、詩人といったさまざまな偉人たちの「歩く」ことに対する考え方と行為を引き合いに出し、その意義を明確化している。

たとえば印象的なのは、「歩いているときでなければ本当には思考することができず、ひらめきを得ることもできない」という哲学者のジャン=ジャック・ルソーの言葉だ。思想家のヘンリー・デイヴィッド・ソローもまた、「歩くことは、身軽になり、浄化された状態で生きることだ」と語る。さらには著者も、歩くことが「宙づりとしての自由をもたらし、心にのしかかる心配事を忘れさせ、仕事のことを忘れさせる」と述べている。キーボードに指を走らせ、「接続」されっぱなしの人には味わえない感覚だとも。それらの主張は、「足の使命(歩くこと)は、世界の空間をつなぐことだ」という荘子の主張も裏づける。

しかも、「歩くことは、大地に足をあずけることによって、エネルギーを吹き込まれることなのだ」という表現にも明らかな通り、歩くことは本来、思考を超えたプリミティブな行為なのだ。「歩きだしたとたんに、心臓が自らのリズムを求め、血液は豊かに循環し出す」という表現にも納得できる。目で見ることはできないが、自然界の流れと共鳴したものであることは間違いない。だからこそ、歩くことで人は満たされ、不足した部分を補おうと「考える」のかもしれない。忘れてしまいがちではあるけれども、本質的な事柄を再認識させてくれる一冊だ。

※この記事はPen 2025年6月号より再編集した記事です。