ルッキズムに対する風刺を、 鮮烈に打ち出した快作『サブスタンス』ほか【今月の映画3選】

  • 文:森 直人(映画評論家)
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今月のおすすめ映画①『サブスタンス』
ルッキズムに対する風刺を、鮮烈に打ち出した快作

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『ゴースト/ニューヨークの幻』などで人気若手スターとなったデミ・ムーアだが、長期の低迷を経験。自らの痛みを重ねながら渾身の力演を見せたのが今回のエリザベス役だ。なお劇中で披露する80年代風のレオタード姿は、往年のジェーン・フォンダが意識されている。

今日も“若さと美貌”という魔物が社会を支配する。加齢という自然現象を忌み嫌い、理想化された容姿を上位に置く価値体系。この傾向がとりわけ顕著なのがショービジネス業界だ。コラリー・ファルジャ監督(1976年生まれ)は、年齢や体形にまつわる評価を“女性の監獄”だと喝破しつつ、最強の共闘者であるデミ・ムーア(1962年生まれ)を主演に迎え、生身の人間の尊厳を問うパワフルな怪作にして快作を生み出した。

主人公は元人気女優のエリザベス・スパークル。唯一のレギュラー仕事であるフィットネス番組への出演をこなした彼女は、その直後、50歳の誕生日に番組をクビになる。キャリアの危機に立たされたエリザベスは禁断の再生医療に手を出し、彼女の背の皮膚が破けて若返った肉体の自分が現れる。「スー」と名乗り始めた分身はたちまちスターダムにのし上がるが、一線を踏み越えたエリザベスは後戻りできない狂気へと暴走していく。

作品設計はきわめて明晰。オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』では、年を取らない美青年ドリアン・グレイの代わりに彼の肖像画が老いていく。これを雛型に用いて独自に応用したものだ。ムーアは特殊メイクも施し、“若さと美貌”への過剰な執着という病理を凄まじい映像表現に昇華した。作風はクローネンバーグ監督の影響が強いが、画面構成などにはキューブリック監督からの参照もうかがえる。

スー役はマーガレット・クアリー。有害な男性性を煮詰めたような業界人ハーヴェイ役のデニス・クエイドも強烈。ルッキズムの風刺を鮮烈に打ち出した本作は第77回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。ムーアは自身初となるゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)受賞を果たした。

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© The Match Factory

『サブスタンス』

監督・脚本/コラリー・ファルジャ
出演/デミ・ムーア、マーガレット・クアリーほか
2024年 イギリス・フランス映画 2時間22分 5/16よりTOHO シネマズ 日比谷ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『ノスフェラトゥ』
幼少期に魅せられた怪奇映画の古典を、細部までこだわり仕上げたゴシックホラー

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© 2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

濃厚な映画愛を追求する『ライトハウス』などの俊英ロバート・エガース監督が念願の企画を実現。幼少期に魅せられたドイツ表現主義を代表する怪奇映画の古典、1922年の『吸血鬼ノスフェラトゥ』に新たな視点を加えた。歪んだ“美女と野獣”の幻想的な物語として独自の解釈や要素を盛り込み、細部までこだわりの美学が詰まった究極のゴシックホラーに仕上げている。何者かに憑りつかれるヒロインに扮したリリー=ローズ・デップの爆演も必見!

『ノスフェラトゥ』

監督・脚本/ロバート・エガース
出演/ビル・スカルスガルド、ニコラス・ホルトほか 
2024年 アメリカ・イギリス・ハンガリー映画 2時間13分 5/16よりTOHO シネマズ シャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『ガール・ウィズ・ニードル』
デンマークの歴史的事件をもとにした、人間の罪と倫理についての異色ドラマ

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© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

デンマークで実際に起こった歴史的事件を寓話的なタッチで映画化した衝撃作。第一次世界大戦後、1919年のコペンハーゲン。夫が戦場から帰らぬ状態で望まぬ妊娠をしたカロリーネは、子どもたちの里親探しを支援する中年女性のダウマに出会う。貧困と荒廃が渦巻く社会の中で“連続殺人”と糾弾された犯行の真実とはなにか。モノクローム映像で人間の罪と倫理について問いかける異色ドラマだ。本年度アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート。

『ガール・ウィズ・ニードル』

監督・脚本/マグヌス・フォン・ホーン
出演:ヴィク・カーメン・ソネ、トリーネ・デュアホルムほか
2024年 デンマーク・ポーランド・スウェーデン映画 2時間3分 5/16より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2025年6月号より再編集した記事です。