ホワイトハウス御用達として人気の「フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー」のオーナー兼醸造家のアキコ・フリーマンが後継者として指名したのは、かつて”カリフォルニアのワイン王”と称された長澤鼎の子孫。ふたりを結ぶ不思議な縁と、これからの展望に迫る。

ホワイトハウスで初めて供された、日本人醸造家のワイン
ホワイトハウス御用達として注目されたことを機に、その品格ある味わいで多くのワイン愛好家を魅了しているのが、カリフォルニアのフリーマン・ヴィンヤード&ワイナリーだ。オーナー兼醸造家は日本人のアキコ・フリーマンで、夫のケンが同じくオーナーとして実務を担当する。ワイナリーはソノマでも最も冷涼といわれるロシアン・リヴァー・ヴァレーの西に位置、透明感に満ちたシャルドネと繊細で奥深い味わいのピノ・ノワールを生み出している。
フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリーのワインが広く知られるようになったきっかけは、2015年4月、安倍元首相渡米の際に開かれたオバマ元大統領主催の晩餐会で、「フリーマン 涼風 シャルドネ グリーン・ヴァレー・オブ・ロシアン・リヴァー・ヴァレー」が供されたことだった。日本人醸造家のワインがホワイトハウスの公式行事に登場したのは初のことで、現地のメディアで大きく取り上げられた。また2024年4月には、岸田文雄元首相訪米の折のカマラ・ハリス元副大統領主催の国務省公式昼食会において「フリーマン ユーキ・エステート ブラン・ド・ブラン ソノマ・コースト2020」を始め、コースに合わせて「フリーマン アキコズ・キュヴェ ピノ・ノワール ウエスト・ソノマ・コースト 2021」などが振舞われている。
ワイナリーの設立は2001年のこと。フリーマン夫妻は、以前はニューヨークに在住、ケンは銀行家として、アキコはメトロポリタン美術館でエデュケーターとして活躍していた。その後、ケンの転勤でカリフォルニアへ移住、ふたりはワイナリー巡りを楽しみながら、「いつか自分たちのワイナリーを」という夢を抱くようになり、その夢は結実された。
---fadeinPager---
岩崎弥太郎を通じて100年前に交流が!時を超えて辿り着いた数奇な運命とは

そして今年、ワイナリーには新たな動きがあった。アキコが、自身の後継者として赤星映司ダニエルをワインメーカーに指名したのだ。フリーマン夫妻の”夢”ともいえるワイナリーの未来を見据えた上での決断だった。赤星について、アキコはこう語る。
「13年前、日系人醸造家が集まる会があり、その時が初対面でした。好青年という印象でしたが、当時、彼は大手が多い華やかなナパ・ヴァレーで仕事をしていたので、こだわり系の生産者が多いソノマのことをどう思っているのか、わかりませんでした。でも、その後、彼がピノ・ノワール好きだと知り、9年前、仲間にならないかと誘いました」

この言葉を受け、赤星は「アキコズ・キュヴェを飲んだ時、あまりの素晴らしさに鳥肌が立ちました。すごいな、この人の元でワインを造れたらいいな、と。そしてある日、アキコさんがアシスタントを探していると耳にし、『立候補していいですか?』とメールしました」と笑った。
話はとんとん拍子に進み、赤星はフリーマン・ヴィンヤード&ワイナリーへ。すると、連絡を重ねていくうちに、互いの数奇な縁に気づいたという。実は、赤星は、19世紀末に「ファウンテングローブ・ワイナリー」のオーナーとしてカリフォルニアで大成功を収め、”ワイン王”の異名を取った長澤鼎の子孫に当たることを、アキコが知ったのだ。

長澤鼎は本名を磯永彦輔といったが、幕末の政治的背景から、薩摩藩主島津久光の命によって名を変え、1865年に渡英した密留学生だった。当時の薩英戦争によって苦戦した薩摩藩が富国強兵を目指したことが留学のきっかけだった。長澤鼎は留学の後にカリフォルニアのサンタ・ローザに居を移し、ブドウ栽培と出合ったことで大きな成功を収めるが、禁酒法や排日運動により、その成功は砂上の楼閣となってしまった。彼は数奇な運命をたどったが、その清廉潔白な人柄と日本人移民の多くを助けたことから、いまも現地では尊敬を受ける存在だ。
「長澤鼎が祖先のひとりであったことを知ったのは大学生の時でした。私の家にはいつもテーブルにワインがあり、父が楽しそうに飲む姿を幼少時から見ていて、私もワインに興味を持つようになりました。それで醸造家になろうと思ったのですが、私がファミリー初の醸造家だと思ったら、150年前に先を越されていたのです」と赤星は笑う。だが、互いの縁はこれだけではない。かつて、赤星の曽祖父である赤星鉄馬が居住していた東京・鳥居坂の邸宅(現・国際文化会館)は、その後、岩崎小彌太(岩崎弥太郎の甥)の邸宅となったが、実はアキコの祖母は岩崎弥太郎の一族。アキコと赤星は、かつてファミリー同士で交流があったことがわかったのだ。ふたりは驚き、アキコは「100年を経て、ようやくお会いできましたね」と赤星に伝えたという。それに対し、赤星も「この縁を大切に、全身全霊でワインと向き合い、いいものをつくり続けていきたいと思っています」と今後の意気込みを語った。

「彼と仕事をして再確認したのが、味覚が似ているということでした。ワインの味は変わらず、さらにブラッシュアップしていけると確信しています」と笑顔を見せるアキコは、今後もディレクター・オブ・ワインメイキングとしてワインづくりに関わっていく予定だという。カリフォルニアの地で彼らを結んだ”縁”が、今後どのような素晴らしいワインを生み出すのか、長澤鼎がどこで見守っているかもしれない。
フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー
TEL:03-5413-8831(WINE TO STYLE)