
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』2月28日(金) よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
新時代のハリウッドスター、ティモシー・シャラメが、あの“生きる伝説”といわれるボブ・ディランを演じ、アカデミー賞でも8部門にノミネートされている話題の映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』。監督を務めるのは、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』や『フォードVSフェラーリ』など、音楽ものや1960年代を舞台にした映画で定評のあるジェームズ・マンゴールドだ。マンゴールド監督がプロモーションで来日した折りに、2月28日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショーを迎える本作について話を聞いた。
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――この映画は、1961年に、ボブ・ディランがフォーク歌手になるために、郷里のミネソタ州からニューヨークにやって来るところから始まります。そんな彼が真っ先に会いに行くのは、“フォークの父”と呼ばれたウディ・ガスリーでした。なぜこのシーンから始められたんですか。
ディランにとって、憧れのガスリーはまさにインスピレーション源ですよね。だから、ディラン自身が世に出しているパーソナリティというのはガスリーが元になっています。特に、彼のキャリアの初期には。ガスリーの人生は、波乱に富んだ生涯でしたよね。フォークシンガーというだけでなく、ホーボー(移動労働者)、ラジオのホストなど。ディランも同じように、様々な人生のチャプターがあった。二人は時代を超えてパラレルな関係にあったんです。

ポップカルチャーを生んだ、激動の60年代
――それから、ディランはシーンの中でメキメキと頭角を現し、時代の寵児となっていきます。そして、この映画は60年代の半ばまでのディランを描いています。ディランの長いキャリアの中で、特にこの時代を描こうと思われたのはなぜですか。
ディランは、この映画の冒頭と最後では全く変わりますよね。61年にニューヨークにやってくる彼は過去から逃げ、新しいアイデンティティ、新しい名前(本名は、ロバート・アレン・ジマーマン)をつくり出します。そして、65年にまた自分のつくり上げてきた居場所から逃げ出してしまうんです。それがシンメトリーになっているように感じたんですよね。時にそれが逃げであっても、僕は何かに向かって動いていく主人公に惹かれるんです。
―― 一方で監督は、『17歳のカルテ』、『フォードVSフェラーリ』など、60年代を舞台にした映画を何本も撮られています。60年代は激動の時代で、様々なポップカルチャーもこの時代に生まれましたが、『名もなき者』をこの時代にされたのは、そうしたこともありますか。
僕は、コンピュータやスマホより前の時代の映画が好きなんです。キーボードを叩いている画を撮らなくてもいいですからね(笑)。それに、この時代への憧れもあります。僕はこの時代を体験するには、ちょっと遅れて生まれて来てしまったんです(1963年生まれ)。でも、ニューヨークで生まれたので、60年代後半のこの街の雰囲気なら何となく覚えていて、それが今回の作品にも活かされています。


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―― この映画を観ていると、もちろんディランは傑出した存在ではありますが、モニカ・バルバロ演じるジョーン・バエズや、エドワード・ノートン演じるピート・シーガーなど、ディラン以外にも、才能豊かなミュージシャンたちがたくさんいて、お互い切磋琢磨し合っているようにも感じられます。
この時代は、音楽ビジネスが今ほど大きくなかったですし、もっとピュアでした。フォークもロックも始まったばかりですし。ディランが他のミュージシャンたちに影響を与えるだけでなく、ディランも彼らからインスピレーションを受けた。この人たちがいなければ、ディランはディランになれなかったし、シーガーもバエズもそうだった。このような異種交配があったからこそ、面白い音楽シーンになったのだと思います。


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役に息を吹き込むのは、いつだって自分らしさ
――それにしても、ティモシー・シャラメの演技は素晴らしかったですね。実際に歌い、ギターやハーモニカの演奏をしているシャラメのパフォーマンスの説得力は、何年もの練習の賜物でもあったかと思いますが、ディランに寄せているというより、そこにはシャラメ本人の姿が二重写しになっているようにも感じられました。
『ウォーク・ザ・ライン』の撮影中にこんなことがありました。ジョニー・キャッシュ役のホアキン・フェニックスが僕のところにやって来て、監督、いつものあれをお願いしますと言うんです。それで、僕がホアキンに何と言っていたかというと、君はジョニー・キャッシュじゃないないんだよ、ということでした。彼にいつも思い出して欲しかったのは、キャッシュの模倣をして欲しいわけじゃないということ。僕にとっては、ホアキンが自分自身をこの役にもたらすことが大事だと思っていたからです。だから、ティモシーにもそうして欲しかった。だって、ディランになるのは不可能ですから。ディランを知りたいなら、彼のつくった作品を聴けばいいんです。僕らが『名もなき者』でやろうとしたのは、今まで録画や録音されていなかったディランの日常や創作の瞬間瞬間を創造することでした。そのためには、ティモシーにも、モニカにも、ディランの恋人シルヴィ役のエル・ファニングにも、自分自身を役にもたらしてもらう必要があったんです。そのことによって、彼らは役に息を吹き込み、生き生きとした存在になれるからです。
マンゴールド監督の次回作は、ジェダイの誕生を描く『スター・ウォーズ』の新シリーズだという。まずは、音楽史に刻まれるディランの“伝説”を劇場で確かめてほしい。


『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
監督/ジェームズ・マンゴールド
出演/ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロほか
2025年 アメリカ映画 141分
2月28日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開