今月のおすすめ映画①『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
カウリスマキから届いた、映画館へのラブレター

社会の片隅で生きる口下手な市井の人たちの慎ましくも豊かな物語を、とぼけたユーモアと哀愁とともにミニマルに描き出してきたフィンランドの名匠、アキ・カウリスマキ。「キノ・ライカ」は、彼が住むカルッキラという町につくった映画館の名前だ。ヴェリコ・ヴィダク監督は、映画館が次々に閉館していく中で行われた野心的な計画を見届けるために、このドキュメンタリーを撮る旅に出たと語っている。驚くべきことにカウリスマキ自身が仲間とともにリサイクルの木材や家具などを使って内装を施し、椅子の座り心地を確かめながら、まさに手づくりで理想の場所を生み出す過程を追いかけている。
『浮き雲』や『希望のかなた』などに登場したバーカウンターも設置され、あちらこちらに監督の名作の印が刻まれていく。カルッキラ在住の日本人、篠原敏武の歌声が流れ、友人であるジム・ジャームッシュがカウリスマキの愛犬ライカとの思い出について語るシーンにも、まるでカウリスマキ作品そのもののようなムードが漂う。
森と湖に恵まれ、使われなくなった鋳物工場のあるカルッキラ。住人によるとこの町には自分のしたいことを極めている人が多く、なにかに夢中になっている人たちの存在がまわりを幸せにしていくらしい。カメラは緑あふれる森を映し出し、町の人は馬に乗りながら『自転車泥棒』についておしゃべりをする。映画館を手づくりすることは、カウリスマキから町へのひとつの恩返しだったのだろう。自然の中で暮らし、映画館で映画を観る。そんな理想の生活が、ここにはある。東京でも、ミニシアターをめぐる環境は厳しい。けれども、映画と映画館へのとびきりのラブレターともいえるこの作品が、わずかな希望とともに温かい光を灯してくれる。

『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
監督・脚本/ヴェリコ・ヴィダク
出演/アキ・カウリスマキ、ミカ・ラッティほか
2023年 フランス・フィンランド映画 1時間21分 12月14日よりユーロスペースほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『正体』
信じることの意味を問いかける、疾走感あふれるサスペンス

日本中を震撼させた殺人事件の容疑で死刑判決を受けた鏑木が脱走。刑事が行方を追うが、工事現場、介護施設など逃走先で関わりを持った人々が語る鏑木は、それぞれの相手にまったく違う顔を見せていた。染井為人による同名小説を、藤井道人監督と横浜流星の強力なタッグで疾走感たっぷりに映画化。鏑木の人物像をつなぎ合わせた先に浮かび上がる、人が人を信じることとは? という問いが、やるせなくも美しく胸に残るサスペンスだ。
『正体』
監督・脚本/藤井道人出演/横浜流星、吉岡里帆ほか
2024年 日本映画 2時間 11月29日より丸の内ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『不思議の国のシドニ』
静謐な日本を舞台に描かれる、喪失の向こう側を見つめた物語

出版社の招聘により、日本を訪れたフランス人作家のシドニ。インタビューに答え、編集者の溝口とともに京都、奈良、直島へと旅をする彼女の前に、亡くなった夫の幽霊が現れる。日本を愛するエリーズ・ジラール監督のもとで、イザベル・ユペールと伊原剛志が共演した、喪失の向こう側を見つめた物語。異邦人の目に映る静謐な日本を舞台に、彼岸と此岸、過去と現在、クラシックとモダンといった相反するものたちを、円環のように描き出している。
『不思議の国のシドニ』
監督・脚本/エリーズ・ジラール出演/イザベル・ユペール、伊原剛志ほか
2023年 フランス・ドイツ・スイス・日本映画 1時間36分 12月13日シネスイッチ銀座ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2025年1月号より再編集した記事です。