上映中『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、暗部も描いた良質なドキュメンタリー

  • 文:一史
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『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』。9月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー。配給:キノフィルムズ © 2023 KGB Films JG Ltd

モード業界に詳しくない人でも、この映画には満足できるのではないでしょうか。
観やすく優れたドキュメンタリーだと思います。
『ジョン・ガリアーノ  世界一愚かな天才デザイナー』は。

ファッションデザイナー職、クリエイター職に関心があれば、最後まで興味深く観られるでしょう。
この映画の主舞台であるヨーロッパのモード界、その界隈で起きた出来事について少し予備知識があると物語に入り込みやすいので、幾つかリストアップしておきます。

●【才能豊かなスターデザイナーであるジョン・ガリアーノが、2011年にパリのカフェで酔っ払って一般客相手にユダヤ人差別発言をしたこと】

●【同様にアジア人差別発言で訴訟を起こされたこと】

●【カフェでの「ヒトラーが好き」などの発言が動画で拡散し、騒動が社会現象に拡大したこと】

●【一連の騒動で在籍していたディオールのデザイナー職を解雇され、実質的に世界のモード界から追放されたこと】

●【ナチス・ドイツに侵攻された歴史を持つフランスでは、ユダヤ人差別が大問題になること】

●【オートクチュール(高級注文服)においてディオールは、シャネルと並び世界最高峰に位置づけられること】

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映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』予告篇 9月20日(金)公開

ストーリー構成はガリアーノへのロングインタビューを軸に、時系列に沿い他者のコメントや過去映像が挟み込まれていくもの。
王道のドキュメンタリーで、観る人を混乱させることなくスムーズに進行していきます。

映画の中盤までは、ガリアーノの友人たち、仕事仲間たちの絶賛コメント大会。
映画『プラダを着た悪魔』の雑誌編集長のモデルとされるアメリカ版『ヴォーグ』の元編集長アナ・ウィンター、同誌のアンドレ・リオン・タリー、俳優のシャーリーズ・セロン、モデルのケイト・モスらの大物たちが大集結。
(世界のラグジュアリーブランドを牛耳るLVMHグループの頂点に立つベルナール・アルノーまでコメント出演)
さらに「どうやって集めた!?」と驚くほど、昔のガリアーノ絡みの映像や写真がわんさかと。
イギリスのファッション&美術学校を卒業した直後の若き彼のインタビュー映像まで出てきます。

ガリアーノの創造性を知る人なら映画内で皆が「天才!」と口にしても違和感がないでしょう。
ただファッションデザイナーにあまり関心がない人なら、「モードな人たちの褒め合い映画かぁ?」と感じるかもしれません。
でもどうぞご安心ください。
この映画が真価を発揮するのは終盤に近づいてからです。

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訴訟を起こしたアジア人男性、ユダヤ教のラビまで登場し、ファッション業界と反対側の目線が映画に加わっていきます。
この点こそが「いいドキュメンタリー映画」とわたしが感じた大きな理由のひとつ。
偏った見方に終始していませんから。

人物を主題にしたドキュメンタリーはどうしても付帯しがち。
完成した映画を観た関係者たちを怒らせる結果になるかもしれないですし。
この映画からは制作者のファッション愛が感じられます。
真剣に取り組み、ガリアーノを不当に貶めることもしていません。
とはいえ言葉少なくワンシーンだけ辛辣なコメントを差し込んだり、制作者なりに観客に伝えたかった思いが行間から感じられます。
そこを皆さま、どうぞお見逃しなきように。

終盤に「この映像、絶対に入れたかったんだろうな」とグッときたシーンがあります。
インタビューアーがガリアーノにとある事実を伝えてどう思うか尋ねたとき、彼が「え?」と反応した場面。
観客のほうが「え?」です w
「あの出来事をちゃんと掌握してないの……??」と。
さらりと流れるこの部分に人種差別への対処の問題(ガリアーノの問題というより社会全体)が感じられ、ファッションドキュメンタリーを超えた社会派映画に昇華されていました。

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それではここで、ガリアーノの美意識が垣間見えるディオールのオートクチュール作品を2体(と彼の手書きスケッチ)ご覧いただきましょう。
2022〜23年に東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」の展示風景より。
美しいです、間違いなく。

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人を惹きつける美女・美男俳優を起用しない近年のエンタメ映画のポリコレの動きに触れるたび、「着る人を魅力的に高める服」を追い求めるファッション界はこれからどうなっていくのだろう?と考えてしまいます。
古代ギリシャ彫刻の体型への憧れしかり、「外見を整えよう」と人々が努力してきた歴史はいずこへ?
欧米社会で差別されやすいアジア人種としてはポリコレに賛同する気持ちもあるのですが、自分の意志でコントロール可能な痩せた太ったについても「なんでもOK。なんでも素晴らしい」はちょっと不自然。

ファッションデザイナーのマルタン・マルジェラの功績を描いたドキュメンタリー映画『マルジェラと私たち』(2017年)のなかで「ブティック・ジャナ」のオーナー女性が、
「(初期のマルジェラは)何百人もの人生を彼が変えた。自分は目立たず不細工と感じてた女性たちが、独創的で異彩を放つ服を着ると自信を持てた」
と語っていました。
このカリスマデザイナーの活動には重要な社会的意義があったのですね。
モードな人たちを喜ばせただけではなかった。

「ファッションデザインには社会を変える力があり、2024年現在も可能性がある」と期待したいですね。
才能を持つファッションクリエイターたちはいま、どこを見ているのでしょうか。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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