【小山薫堂の湯道百選】第九六回“湯は、絶望を希望に変える。”

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂
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〈大阪府豊能郡〉
山空海温泉

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大阪市の中心部からクルマで40分の場所に、これほど豊かな自然が残っているとは意外だった。初夏は蛍が舞い、冬には川が凍ることもあるここは“大阪のてっぺん”と謳う能勢町。木々が生い茂る山と清流の隙間にその公衆浴場はある。鍼灸院を営む夫婦が温泉を掘り当て1991年に開業。地球からの贈り物、との想いから「山空海温泉」と名付けた。当初は患者の湯治場としていたが、阪神・淡路大震災を機に被災者に無料で開放。やがて一般客も受け入れた。お世辞にも綺麗な建物とは言えない。立派な浴槽があるわけでもない。それでも多くのファンがいるのは、この湯が特別だから。泉質は炭酸水素ナトリウム硫黄泉。冷泉のため灯油で沸かした40〜43℃の熱湯と32〜36℃のぬる湯。そして18℃の冷泉を掛け流している水風呂。この交互浴がたまらなく贅沢なのである。硫黄臭を伴う無色透明でつるつるの湯は、肌に優しくまとわりつき永遠に浸かっていたいほど心地よい。湯治目的の客も多いが、身をもって効果を実感しているのは管理人の奥野正幸さんに他ならない。脊髄を悪くして、医者から「このままでは車椅子生活になる」と言われた彼。会社を早期退職しここに通い始めたところ、縁あって管理を手伝うことに。毎日温泉に浸かるうちに病状は嘘のように改善し、管理人となった。それから9年。あの頃の絶望は希望に変わった。

人知れず、秘境の地に湧出する温泉を秘湯と呼ぶが、ここは都会のてっぺんにある秘密にしておきたい秘湯なのである。

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府道604号沿い、田尻川の近くにある。能勢の一帯は「掘れば出る」と言われるほど水脈が豊か。源泉は飲泉も可能で、販売している。シャワー、トイレの水も源泉。湯船の横には加温した源泉と源泉の蛇口があり温度の調節が可能。

 

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管理人を務める奥野正幸さん。平日は朝7時頃から2時間半かけてお湯をつくっている。

山空海温泉

住所:大阪府豊能郡能勢町下田尻801
TEL:090-7887-0995
料金:一般 ¥800
営業時間:10時~17時(月~水、土)8時~17時(日、祝)
定休日:木曜日、金曜日、臨時休業あり
www.town-of-nose.jp/member/sankuukaionsen

※この記事はPen 2024年9月号より再編集した記事です。