山内マリコがデビュー作『ここは退屈迎えに来て』を発表したのは31歳の時。中学生の頃から小説家を夢見て、ようやく発表した本作は称賛を集め、以降『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』と作品が続々と映画化されるなど、新作が期待される作家のひとりである。一貫して、女性であること、そしてルーツである地方をテーマに書き続け、ふわりとフェミニズム的視点を含みながら読者の心を鷲掴む。いまや、女性同士の友情を描いたシスターフッドの物語はメジャーな設定だが、デビュー当時は数少ない同志の編集者と手を取り合うしかなかった。
「私が20代の頃は恋愛至上主義が強く、小説も恋愛モノ以外を見つけるのが難しかった。女性作家だと、なおさら恋愛小説を求められました。ですが、私は女性同士=いがみ合うのではなく、互いの存在が励みになるような女の子の友情を描きたかった。風潮に対するアンチテーゼのような意識で、エンパワメントされる小説を一冊でも世に増やすことが私の使命だと思って書いてきました」
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急激な変化を、“当たり前”としない
山内の想いと結託するように、この10年で、#MeToo などをきっかけにジェンダーにまつわる価値観は大きく変容した。おかげで使命感から解放され、男らしさに悩んだり変化についていけなかったり、違った窮屈さを感じる人にも眼差しを向けるようになった。
「価値観がものすごい勢いでアップデートされている一方で、私は地方出身なので、地元の家族や友人と話していると東京との温度差を感じます。変わらざるを得ないタイミングだと思いますし、変わることを願いますが、急激な変化を“当たり前だよね”というスタンスで居ると、相手は苦しいかもしれない。自分もアップデートしたい、けれどこの状況においてけぼりにされている人はたくさん居るだろうと想像して、新作の主人公を同じ立場に置きました。そして、自分の力で学ぶことで、時代についていける子に成長する物語を書きました」
新作『マリリン・トールド・ミー』の主人公・杏奈は、コロナ禍で孤独な大学生活を過ごしていた。ある日、マリリン・モンローとの交流をきっかけに、彼女に心を寄せることでジェンダーの解像度をだんだんと上げていく。
「私もジェンダーの視点を持てるようになったのは2010年代に入ってから。頭ではわかっていても、古い価値観が染み付いていて正しいっぽい振る舞いで誤魔化していたこともありました。ですが、最近思うのは、解像度を上げるには学び直すしかない。それに尽きます。経験したり腹落ちするところまで話したりして、ようやく視野が開けてくると思います」
本書ではマリリン・モンローに対する偏見について、現在の価値観での捉え直しが行われる。山内は過去の人物を解釈し直すことで、改めて気づきがあったという。
「最近、若い書き手がアガサ・クリスティを分析した評伝を読んで、過去に出版された伝記との違いに驚きました。当時の価値観で書かれたものは偏見もあり、バイアスをかけて歪曲されたまま定説化してしまうことがある。私たちも、友だちの距離感の人でさえ誤解していることは多いです。人は多面的でいい悪いを語り尽くせないけれど、せめて目の前の人とは“本当のこと”を話す姿勢が大事ではないかと気づきました」
22年にデビュー10周年という節目を経て、昨今の山内は『The Young Women’s Handbook』(光文社)など次世代に言葉を残す意識が強まっているのではないか。
「小学生の頃から本が大好きでしたが、心から満たされる本はほぼなかった。思い返せば若い頃は悩みしかなく、いちばん言葉を欲していた20代に適切な言葉と出合えていたら、自分の指針になっていたかもと思うんです。私の場合は、自然にフェミニズムに触れられる本があれば読書体験が全然違っていただろうなと思うと、アカデミズムの人間ではない立場として物語やエッセイにふんわり想いを込めることで、過去の自分のように悩める若者に届く作品をこれからも書きたいです」
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WORKS
『マリリン・トールド・ミー』/河出書房新社
上京直後にコロナ禍に見舞われた大学生・杏奈に、伝説のスターから電話がかかってくる。心の支えとなった彼女の資料を読み漁るうちに浮き彫りになる、女性蔑視や性的虐待──現代にも根深く残る問題を過去から捉え直す。
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『あのこは貴族』/集英社(集英社文庫)
東京の名家出身で箱入り娘として育てられた華子と、地方から出てきた美紀。同じ男をきっかけにめぐり逢い、新たな世界が拓けていく。岨手由貴子監督、門脇麦と水原希子主演で2020年に映画化された。
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『選んだ孤独はよい孤独』/河出書房新社
地元から出られず好きでもない友人とつるむアラサー、女の子が怖い男子高校生、仕事ができない先輩……男性側の視点に立ち、男らしさに馴染めず生きづらさを感じる人々の弱音を詰め込んだような22の短編集。
※この記事はPen 2024年9月号より再編集した記事です。