【Penが選んだ、今月の音楽】
『ミルトン+エスペランサ』
ケンドリック・ラマー対ドレイク。USヒップホップの2大巨頭が矢継ぎ早に相手をディスる曲を発表し続けた“ビーフ”が大抗争を呼び、銃撃事件まで起きる事態となったことは記憶に新しいだろう。ヒップホップではビーフは芸であり、言葉遊びの一環。とはいえ業界全体を巻き込む泥仕合は、クエストラブやアイス・キューブらベテランも苦言を呈するほど醜悪化した。
ことの発端は昨年10月にドレイクが発表したアルバムでの先制パンチだったのだが、実はこの作品でディスられたのはケンドリックだけではなかった。13年前のグラミーでドレイクを抑え、最優秀新人賞に輝いたジャズ・ベーシストでシンガーのエスペランサもまた、恨みがましくディスられていたのだ。
もちろんUSジャズ・シーン最高の才媛とも謳われる彼女が反応することはなく、ビーフより愛よと言わんばかりに世代をえた愛をたたえる新作『ミルトン+エスペランサ』を制作したのだが、プロ音楽家の回答としてこれ以上のものはないだろう。
彼女にとって9作目となる新作は、その名の通り、「ブラジルの声」の異名をもつブラジル・ポピュラー音楽界の生ける伝説、ミルトン・ナシメントとのコラボ盤である。10月で82歳になるミルトンの枯れて滋味深さを増した歌声の魅力を最大化するようなアレンジ力は見事で、「オウトゥブロ」などの御大の代表曲やカバー曲を含む全16曲はどれもしっとりとした聴き応え。
「オウトゥブロ」やザ・ビートルズ「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」でのふたりのデュエットでほっこりさせつつ、マイケル・ジャクソン「アース・ソング」では、ダイアン・リーヴスの歌を前面に立てる、プロデューサーとしてのしたたかな視点も印象づける。
先達への愛が満ちる心温まる作品に内なる拍手が止まらない。
※この記事はPen 2024年9月号より再編集した記事です。