バッグは荷物を運ぶ道具であり、持ち歩けるオブジェでもある。機能があるからこそクリエイターたちはモノづくり心をくすぐられるようだ。ここに紹介するのはイッセイ ミヤケのメンズブランドのIM MEN(アイムメン)と、doublet(ダブレット)の最新作。IM MENはバッグ自体を素材にして作家に依頼した美術展も開催している。
両ブランドのバッグに共通するのは、日本の美意識の“見立て”が感じられること。白砂利と岩で大海原を表現した枯山水庭園、小さな木を巨木に見せる盆栽といった見立ての現代版だ。アートの存在意義のひとつが物事に違った見方を与え、見る人の頭を柔らかくしてくれることなら、今回紹介するバッグもまさしくアート。手にすればきっと新しい日常体験が待っている。
形を自在に変えられる不思議素材のイージーバッグ/IM MEN


このバッグの製品名は「GUSHA GUSHA(ぐしゃぐしゃ)」。いい得て妙なネーミングである。平らに伸ばせば薄い四角の形になり、その状態はあたかも書類ケースのよう。手で形を整えて膨らませると立体的なバッグになる。土をこねた陶器づくりや、子どもの泥遊びにも似た愉しい作業。正解も終わりもなく常に移り変わるプロダクトだ。
ミニハンドルを内側に折り畳むと、バッグがシンプルな筒になる。部屋の床に置けばタオルなどを投げ込む収納家具に見えてくる。自然界と調和する色や質感を活かして、ドライフラワーの花瓶にするのもよさそうだ。GUSHA GUSHAは和空間に合う稀有なバッグでもある。
さらに価格が手に取りやすい点も見逃せない。イッセイ ミヤケのブランドの多くには、社会に役立つ思想が息づく。創造的かつリーズナブルだからこそ、「これなら使ってみよう」と思えるのだ。

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IM MENの新バッグをフィーチャーした美術展

2024年8月現在、東京・六本木のデザイン施設でIM MENの新作バッグをモチーフにした美術展が開かれている。アーティストやデザイナーなどの作家5名が、思い思いに解釈した作品が作家別に並ぶ。入場無料で誰でも気軽に立ち寄れ、涼しい空間に包まれる展覧会だ。自由に触ってOKな製品も陳列されている。子どもを連れていけば、大人には思いつかないような創造性を発揮してくれるかもしれない。

バッグそのものを素材として活用するのが展覧会のコンセプト。各作品によく目を凝らすと、ハンドルやつなぎ目を発見できる。その気になれば自分が持っているGUSHA GUSHAやKUSHA KUSHAで、似たオブジェを再現することもできるのだ。好きなようにバッグをいじり、まったく異なる存在に変えてしまう喜びを得られる。
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バッグを自由に解釈した作品づくり


展覧会全体をディレクションした空間デザイナー吉添裕人は、自身も作品づくりに参加。街中に転がるゴミくずの面白さとバッグとに共通項を見出し、街灯に被せた作品を制作した。ここで使われたバッグは、ペラペラの素材感に特徴があるKUSHA KUSHA。他の参加者のほとんどが造形をつくりやすいGUSHA GUSHAをメイン素材にしたことに対して、素材選びの独自性でも際立っている。
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窓際の光が優しく差し込むこのコーナーは、茶道家の渡来 徹の作品群が互いに作用してリズムを生む空間。自然界とも和の世界とも相性がいい2型のバッグの特性が存分に活かされている。カラーボールやペリエのガラスボトルといった日常的なアイテムを絡めて、夏らしく軽やかにモダンに。物質的な重さ(重力)から開放された浮遊感も心地いい。

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演劇の舞台のように登場人物(キャラクター)を考えて物語を与える中田愛美里。CG映像でそのキャラを動かしていく彼女の作風と、形を自在につくれるバッグ素材とは親和性が高かったようだ。内部を空洞にして演者のように役柄を与える“入れ物”にする彼女のアートコンセプトは、今回のチャレンジでも貫かれている。

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土のような風合いのGUSHA GUSHAの手触りから着想して、地球と地球の地層に思いを馳せた作品。同型バッグの色にはライトグレー、モカ(茶色)、ライトイエローがあり、そのうち緑色に近いライトイエローを組み合わせてつくられた。粘土のように自在に形を変えるバッグが平らに伸ばされたことで、表面の凹凸のランダムな陰影に目が向く作品に仕上がっている。

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プロダクトデザイナーならではの、素材の持ち味を生かした巧みな落とし込み。圧力を加えた成形技法によりGUSHA GUSHAが固形物になり、身の回りの生活道具に姿を変えている。かっちりとした形と、偶然性の有機的なシワ感とのコントラストが愉しい。ドライなようで温かい器たち。GUSHA GUSHAを使う可能性を広げた展示だ。

アート素材としてもポテンシャルの高さを発揮したGUSHA GUSHA、KUSHA KUSHAは、IM MENの公式オンラインストアでも購入可能。実店舗でも手に取れるので、この独特な風合いを自分なりに味わってみよう。
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ユーモラスに見立てる、その卓越したセンス/doublet

ニッポンファッション界での“見立て”なら、次世代モードのトップを走るダブレットも忘れてはならない。2024-25年秋冬コレクションもデザイナーの井野将之の“真剣なおふざけ”が冴え渡っている。上写真のショルダーバッグはスポーツマン御用達のプロテインの袋……かと思いきや、書かれた文字は「100% NOT POWER PROTEIN」。プロテイン成分は入っていない、と明言しているのだ。大真面目にタイポグラフィーを模したアイロニカルなデザインに思わず笑顔がこぼれる。
さらに着目したいのが、食品の袋をバッグにした見立ての妙。身の回りにある袋状のものなら、何でもバッグにして構わないはず。しかし食品袋を使うことなど思いつかないし、頭に浮かんだとしてもカッコよさを追うファッション・デザインの通念がそんな考えを一蹴してしまう。フラットな目線で世の中を眺め、社会通念を切り崩すdoubletこそ、いまもっともアートに近いニッポンブランドといえるだろう。


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現代的なエクササイズとして人気が広がるヨガ。身体を動かしやすい服装とヨガマットさえあれば狭いスペースでも運動できる。そんなヨガマットをdoubletはバッグにしてしまった。言われればヨガマットを持ち歩く姿は、黒い細長の樹脂ケースをデザインやアート系の学生が抱えている姿と似ていることに気づく。バッグにつくり変えてもおかしくないのだ。
内部は空洞でヨガマットの機能は消え去った。前述のプロテインバッグもこちらも、「治療」や「癒し」をテーマにした24-25年秋冬コレクションのテーマに即したアイテム。「健康とは一体何か?何が正しいのか?」、ファッションデザインを通じてそんな問いかけも聞こえてくる。


ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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