“見立て”のアートバッグ2ブランド、イッセイ ミヤケ主催の美術展とともに【着る/知る Vol.180】

  • 写真・文:一史
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バッグは荷物を運ぶ道具であり、持ち歩けるオブジェでもある。機能があるからこそクリエイターたちはモノづくり心をくすぐられるようだ。ここに紹介するのはイッセイ ミヤケのメンズブランドのIM MEN(アイムメン)と、doublet(ダブレット)の最新作。IM MENはバッグ自体を素材にして作家に依頼した美術展も開催している。
両ブランドのバッグに共通するのは、日本の美意識の“見立て”が感じられること。白砂利と岩で大海原を表現した枯山水庭園、小さな木を巨木に見せる盆栽といった見立ての現代版だ。アートの存在意義のひとつが物事に違った見方を与え、見る人の頭を柔らかくしてくれることなら、今回紹介するバッグもまさしくアート。手にすればきっと新しい日常体験が待っている。

形を自在に変えられる不思議素材のイージーバッグ/IM MEN

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岩や土のような風合いのトートバッグ。左右の2色ともに同じ型。形状記憶の柔らかな素材で自在に形を変える。左右ともに、¥16,500/IM MEN
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バッグ内部には滑りのいいナイロン裏地つき。入れた荷物の重さを分散させ外側の素材に負担が掛からないようにしたIM MEN流の工夫だ。

このバッグの製品名は「GUSHA GUSHA(ぐしゃぐしゃ)」。いい得て妙なネーミングである。平らに伸ばせば薄い四角の形になり、その状態はあたかも書類ケースのよう。手で形を整えて膨らませると立体的なバッグになる。土をこねた陶器づくりや、子どもの泥遊びにも似た愉しい作業。正解も終わりもなく常に移り変わるプロダクトだ。
ミニハンドルを内側に折り畳むと、バッグがシンプルな筒になる。部屋の床に置けばタオルなどを投げ込む収納家具に見えてくる。自然界と調和する色や質感を活かして、ドライフラワーの花瓶にするのもよさそうだ。GUSHA GUSHAは和空間に合う稀有なバッグでもある。
さらに価格が手に取りやすい点も見逃せない。イッセイ ミヤケのブランドの多くには、社会に役立つ思想が息づく。創造的かつリーズナブルだからこそ、「これなら使ってみよう」と思えるのだ。

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こちらのバッグは「KUSHA KUSHA(くしゃくしゃ)」。小さく丸められ、毎日持ち歩けるバッグ。ALUULA Composites Inc.が開発した耐久性の高い単一ポリマー素材を使用。左右ともに、¥16,500/IM MEN

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IM MENの新バッグをフィーチャーした美術展

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8月15日(水)まで、21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3にて開催中の「beyond form / かたちなき野性 GUSHA GUSHA, KUSHA KUSHA」。

2024年8月現在、東京・六本木のデザイン施設でIM MENの新作バッグをモチーフにした美術展が開かれている。アーティストやデザイナーなどの作家5名が、思い思いに解釈した作品が作家別に並ぶ。入場無料で誰でも気軽に立ち寄れ、涼しい空間に包まれる展覧会だ。自由に触ってOKな製品も陳列されている。子どもを連れていけば、大人には思いつかないような創造性を発揮してくれるかもしれない。

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プロダクトデザイナー鈴木 元による器への応用。バッグハンドルや裏地もそのまま使われていることがわかる。

バッグそのものを素材として活用するのが展覧会のコンセプト。各作品によく目を凝らすと、ハンドルやつなぎ目を発見できる。その気になれば自分が持っているGUSHA GUSHAやKUSHA KUSHAで、似たオブジェを再現することもできるのだ。好きなようにバッグをいじり、まったく異なる存在に変えてしまう喜びを得られる。

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バッグを自由に解釈した作品づくり

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会期前日の7月31日(水)に開催されたオープニングレセプションにて司会を務めた、今展覧会のディレクターである空間デザイナーの吉添裕人。
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吉添裕人の作品。薄い素材のKUSHA KUSHAを照明に被せてアールヌーヴォーやゴシックのような街灯をつくり上げた。

展覧会全体をディレクションした空間デザイナー吉添裕人は、自身も作品づくりに参加。街中に転がるゴミくずの面白さとバッグとに共通項を見出し、街灯に被せた作品を制作した。ここで使われたバッグは、ペラペラの素材感に特徴があるKUSHA KUSHA。他の参加者のほとんどが造形をつくりやすいGUSHA GUSHAをメイン素材にしたことに対して、素材選びの独自性でも際立っている。

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花道家の渡来 徹による作品と展示。花器にも植物にも展示にも、2型の新バッグが複雑に交差している。
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渡来 徹はバッグに深い生命力を宿らせた。花器の上部をバッグで覆った様子は、土が被さったかのようにも見える。

窓際の光が優しく差し込むこのコーナーは、茶道家の渡来 徹の作品群が互いに作用してリズムを生む空間。自然界とも和の世界とも相性がいい2型のバッグの特性が存分に活かされている。カラーボールやペリエのガラスボトルといった日常的なアイテムを絡めて、夏らしく軽やかにモダンに。物質的な重さ(重力)から開放された浮遊感も心地いい。

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雑誌編集者経験が長くファッションシーンとも関わりの深い渡来 徹。

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彫刻とCG映像のアーティスト、中田愛美里の展示スペース。バッグで形をつくったキャラクターと、そのキャラを動かしたCG映像のセット。
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粘土をこねてセラミックのキャラクターを生み出す作家の作風とマッチした、焼き上げる前の原型のような作品群。

演劇の舞台のように登場人物(キャラクター)を考えて物語を与える中田愛美里。CG映像でそのキャラを動かしていく彼女の作風と、形を自在につくれるバッグ素材とは親和性が高かったようだ。内部を空洞にして演者のように役柄を与える“入れ物”にする彼女のアートコンセプトは、今回のチャレンジでも貫かれている。

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東京藝術大学大学院 美術研究科 彫刻専攻を経て、バレエや演劇の要素に基づく造形と映像をつくる中田愛美里。

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バッグの手触りを地球環境に結びつけたアーティスト、木下理子の作品。
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今回の5名の作家の作品のうち、床を這うように設置されたのはこの作品のみ。

土のような風合いのGUSHA GUSHAの手触りから着想して、地球と地球の地層に思いを馳せた作品。同型バッグの色にはライトグレー、モカ(茶色)、ライトイエローがあり、そのうち緑色に近いライトイエローを組み合わせてつくられた。粘土のように自在に形を変えるバッグが平らに伸ばされたことで、表面の凹凸のランダムな陰影に目が向く作品に仕上がっている。

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様々な手段を用いてインスタレーション的な空間表現を行う木下理子。

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円状テーブルの上に置かれた器類が、プロダクトデザイナー鈴木 元の作品。
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バッグ本体がきっちりと固められたことで、素材の個性が浮き彫りに。手触りのざらついた風合いはそのまま残っている。

プロダクトデザイナーならではの、素材の持ち味を生かした巧みな落とし込み。圧力を加えた成形技法によりGUSHA GUSHAが固形物になり、身の回りの生活道具に姿を変えている。かっちりとした形と、偶然性の有機的なシワ感とのコントラストが愉しい。ドライなようで温かい器たち。GUSHA GUSHAを使う可能性を広げた展示だ。

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鎌倉の自宅にスタジオを構え、生活に根付くデザインを提示する鈴木 元。

アート素材としてもポテンシャルの高さを発揮したGUSHA GUSHA、KUSHA KUSHAは、IM MENの公式オンラインストアでも購入可能。実店舗でも手に取れるので、この独特な風合いを自分なりに味わってみよう。

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ユーモラスに見立てる、その卓越したセンス/doublet 

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プロテインの袋を模したdoubletのバッグ(左右とも同一製品)。メタルチェーンは取り外し可能でクラッチバッグにもなる。2点それぞれ ¥37,400/doublet

ニッポンファッション界での“見立て”なら、次世代モードのトップを走るダブレットも忘れてはならない。2024-25年秋冬コレクションもデザイナーの井野将之の“真剣なおふざけ”が冴え渡っている。上写真のショルダーバッグはスポーツマン御用達のプロテインの袋……かと思いきや、書かれた文字は「100% NOT POWER PROTEIN」。プロテイン成分は入っていない、と明言しているのだ。大真面目にタイポグラフィーを模したアイロニカルなデザインに思わず笑顔がこぼれる。
さらに着目したいのが、食品の袋をバッグにした見立ての妙。身の回りにある袋状のものなら、何でもバッグにして構わないはず。しかし食品袋を使うことなど思いつかないし、頭に浮かんだとしてもカッコよさを追うファッション・デザインの通念がそんな考えを一蹴してしまう。フラットな目線で世の中を眺め、社会通念を切り崩すdoubletこそ、いまもっともアートに近いニッポンブランドといえるだろう。

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バッグ素材であるポリエステル100%の記述も見られる裏側。一切手抜きナシの徹底したパロディ&オリジナリティがdoubletのモノづくり。
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本格的なバッグの構造でペラペラの食品袋を再現。表面は化繊生地に箔プリントした仕上げで、内側の出し入れ口はマグネット留め。裏地つきでポケットとキーホルダーも付属する。

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持ち歩きベルトつきヨガマットを模した細長バッグ。表面は高品位な牛革。裏側にスポンジを仕込み、ふわふわの質感も再現。¥86,900/doublet

現代的なエクササイズとして人気が広がるヨガ。身体を動かしやすい服装とヨガマットさえあれば狭いスペースでも運動できる。そんなヨガマットをdoubletはバッグにしてしまった。言われればヨガマットを持ち歩く姿は、黒い細長の樹脂ケースをデザインやアート系の学生が抱えている姿と似ていることに気づく。バッグにつくり変えてもおかしくないのだ。
内部は空洞でヨガマットの機能は消え去った。前述のプロテインバッグもこちらも、「治療」や「癒し」をテーマにした24-25年秋冬コレクションのテーマに即したアイテム。「健康とは一体何か?何が正しいのか?」、ファッションデザインを通じてそんな問いかけも聞こえてくる。

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マットが巻かれたように筒の左右の端部分をフェイクにつくり込んでいる。マットのエッジも軽くめくれる。

IM MEN

www.isseymiyake.com

doublet

https://doublet-jp.com

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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