先代のAMG GTクーペといえばメルセデスAMGの頂点でありながら、後輪駆動でリアブレイクのスリルが頭から離れないクレイジーな走りをするV8ロングノーズ。ターゲットは完全に北米市場で、ポルシェ911シリーズのようなまともなスポーツカーが欲しいけれどV8ロングノーズは譲れない、彼の地においては至極まっとうなカーガイに支持された。
ただし911シリーズ以上に乗り手を選ぶので、メルセデスのブランドネームとスタイリングに惹かれて購入したオーナー達は、ほとんど乗らずに手放したのね。そりゃそうですよ。メルセデスベンツのオーナーは、万事ほどよく上品かつコンサバティブでなければならない。
そこに一線を突き抜けたカスタムカーのような、ゴリゴリに好戦的で骨太かつラジカルなサーキットの掟をぶつければ拒否反応が出るのは必定。言い換えれば、先代はいまどき売れる要素満載のポップスの中の、ひとりハードコアだった訳です。つまりNewJeansやドージャ・キャットのようなポップスチャートの頂点が、「なぜかメタリカ」みたいな時代が続いてたんだ(笑)。
「何が悪かったのだろう?」と考えたメルセデスは、顧客のために愛されるメリットを残し、不評だったデメリットを消しにいった。その結果がこの新型「メルセデス AMG GT 63 4マチックプラス クーペ」な訳。
もはや見た目以外は先代と較べるべくもない、まるで別ブランドの別グルマ。なんせ車重が300kg以上も重くなっている。四輪駆動化され、高級感もぐっと増した。メルセデスの伝統でいえばオープン2シーターであるSLの系譜に当たる、ほぼグランツアラーですよ。実際、新型SLとフレームを共有しているけど、こちらはクローズドボディのあくまでスポーツカーという立ち位置で、開発もまったく違う部署で行われているんだ。
乗って一発で分かるのは、上質な乗り心地なのね。新型にはねじり剛性が18%も高められたまったく新しいアルミスペースフレームに、5リンク式サスペンションが搭載されている。内蔵されたアクティブダンパーの油圧は全体で統合されていて、電子制御のダンピングシステムによって調整される。この構造によりグリップを向上させ、ステアリングの解像度を高め、ロールを抑えた姿勢制御をとても自然にしている。
よくわかるのが峠で、四輪駆動の後輪操舵とあいまって安定感を確保しつつもリズミカルで快適なコーナリングを保証してくれる。攻め込んでいても常に余裕を感じさせる足まわりはホント素晴らしくて、運転しやすいうえに楽しい。走りは四輪駆動化によって一気に大人になっていて、先代の後輪駆動独特のノーズの軽さとともに、アクセルワークで曲げてくスリリングなコーナリングとは明らかに一線を画しているんだな。
ショートキャビンの特徴だったトランスアクスルも廃止され、デュアルクラッチは9速オートマチック(湿式多板クラッチ)に。その分、トランクルームは拡がり、オプションで後席にプラス2のスペースを確保できるようになった。
V8エンジンは踏み込むと強くビートを刻んで主張するけれども、基本的にはいたって静か。そして自慢のナスカー・サウンドトラックは鳴りをひそめた。エンジンの音やアフターファイアー音も聴こえてくるものの意識的に静音されているんだな。
「そうそう。やれば出来るじゃないか」とうなずく山の手のメルセデス・ファンが見えるようだったし(笑)、愛されるための明快な取捨選択があって、高い新技術が注ぎ込まれているのは分かる。新型は圧倒的進化の名にふさわしいし、その「メルセデスらしさ」にも同意しよう。そしてこのクルマは「らしさ」によって、ポルシェ911シリーズへの対抗馬にもなり得ている。
ただ新型の登場によって、先代AMG GTクーペは不世出で、永遠に忘れられない傑作として位置づけられたことも間違いない。足を伸ばし、後輪が自分の真下で回転しているような、あのスーパー“ロングノーズ”クーペ。エンジンを始動しステアリングに触れただけで戦慄するようなクルマは、もうお目にかかれないのだろうか。
かつて、最高峰AMG GT Rクーペを借り受けるとき、担当者から「くれぐれもお気をつけください」と何度も念を押されたのを思い出す。新型に特別な申し送りはないし、自分なら「楽しんできてくださいね」と笑顔でサムズアップしたいぐらいなんだ。
メルセデス AMG GT 63 4マチックプラス クーペ
全長×全幅×全高:4,730×1,985×1,355mm
エンジン:V型8気筒ツインターボ
排気量:3,982cc
最高出力:585ps/5,500-6,500rpm
最大トルク:800Nm/2,500-5,000rpm
駆動方式:4WD(フロントミドシップ4輪駆動)
車両価格:¥27,500,000
問い合わせ先/メルセデスコール
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