今月のおすすめ映画①『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
“英国のシンドラー”が抱えた、救えなかった命への後悔
オスカー・シンドラーや杉原千畝のように、多くのユダヤ人を救った人物がイギリスにも実在したのだという。『ONE LIFE奇跡が繋いだ6000の命』の主人公は、プラハへと逃れてきたユダヤ人の子どもたちの命を救ったニコラス・ウィントン。恐らく多くの日本人にとっては知られざる実話が、アンソニー・ホプキンス主演で映画化された。
第二次世界大戦直前。ロンドンで株の仲買人をしているニコラスは、プラハで食料も住まいもないユダヤ人難民の悲惨な現実を知る。せめて子どもたちだけでも、イギリスに避難させたい。そんな思いに駆られた彼は、里親探しと資金集めのために仲間とともに奔走する。
映画は老いたニコラスが仕事部屋を片付けながら、50年前を回想するシーンから始まる。子どもたちを一人ひとり手助けする行為を積み重ね、669人の命を救った若き日のニコラス。物語は過去と現在とを行きつ戻りつしながら進んでいくが、彼の人生を英雄譚として描いてはいない。250人もの子どもたちを乗せて出発するはずだった列車は、第二次世界大戦の勃発によって、イギリスに到着することが叶わなかった。彼の思いはずっと、駅のホームに置き去りのまま。彼らの写真と書類を貼ったスクラップブックを処分することなどできず、長いこと手元にある。この映画は多くの命を救った手柄ではなく、ニコラスが胸の中に持ち続けた、救えなかった命への後悔にこそ光を当てようとしているのだ。
終盤には奇跡の再会によって、ニコラスが自分を許してあげられたであろう瞬間も訪れる。感動をあおることのない実直で抑制された語り口と、ホプキンスの静かだが確かな芝居。そのすべてが、過酷な状況でも失われることのない人間の善なる面への信頼を伝えている。
『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
監督/ジェームズ・ホーズ出演/アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリンほか
2023年 イギリス映画 1時間49分 6/21より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映②『オールド・フォックス 11歳の選択』
台湾映画の名作に連なる、父と息子の慎ましい物語
心優しい父親と台北の郊外で暮らすリャオジェ。自分たちの家と店を持つことを夢見ながら、慎ましい生活を送っている。そんな中、リャオジェは父とはまったく違う価値観を持つ“老獪な狐”と呼ばれる地主と出会う。侯孝賢がプロデュースを務め、門脇麦が父親の幼馴染役として出演。人生における成功と失敗とは、他者への思いやりがもたらすものとは……? 台湾映画特有のノスタルジックなムードを漂わせながら、やるせない問いを投げかける。
『オールド・フォックス 11歳の選択』
監督/シャオ・ヤーチュエン出演/バイ・ルンイン、リウ・グァンティンほか
2023年 台湾・日本合作映画 1時間52分 6/14より新宿武蔵野館ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
違いを超えて寄り添い合う、聖なる夜の小さな奇跡
ボストン近郊の全寮制の名門校。クリスマス休暇を家族と一緒に過ごせなくなった生徒、生真面目で生徒にも同僚たちにも煙たがられている古代史の教師、ベトナム戦争で息子を亡くしたばかりの料理長。ぎくしゃくした時間を過ごす3人がやがて立場も年齢も超えて心を通わせていく。『サイドウェイ』のアレクサンダー・ペイン監督と主演、ポール・ジアマッティの再タッグが実現。聖なる夜に結ばれる名前がつけられない関係がじんわりと心にしみる。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
監督/アレクサンダー・ペイン出演/ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフほか
2023年 アメリカ映画 2時間13分 6/21よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2024年7月号より再編集した記事です。